もういいよね? (Page 2)
施術台へ案内される途中、彼はふと、もう一度彼女を見る。
黒のタイトワンピース。
いつもより、少しだけ生地が身体に沿いすぎている気がした。
照明のせいか、それとも距離のせいか。
さっきよりも、線がはっきりして見える。
「……今日のワンピース、とても素敵ですね」
思ったより自然に、言葉が出た。
彼女は一瞬だけ足を止める。
振り返らないまま、ほんのわずかに肩が動いた。
「そう?」
それだけ。
声色はいつもと変わらない。
けれど、次に彼の横を通り過ぎるとき、
距離が、ほんの少し近い。
「今日は、こっちで」
短く告げて、施術室の扉を開ける。
中へ入ると、彼女はそれ以上、何も言わなかった。
準備をする音。
タオルが擦れる音。
無言のまま、時間だけが流れる。
けれど彼は、もう気づいてしまっていた。
——褒めた瞬間から、
空気が変わっている。
施術が始まった。
最初の触れ方は、いつも通りだった。
肩から背中へ、流れるような動き。
力加減も、位置も、何ひとつおかしくない。
——ただ、近い。
彼女は身体を預けるように前屈みになり、
そのたび、黒い布越しに柔らかな重みが、彼の背に触れた。
偶然にしては、多い。
でも、直そうともしない。
「……楽にして」
短く、それだけ言って、また黙る。
胸の重みが、離れない。
呼吸に合わせて、かすかに押し当てられる感触が増えていく。
彼が息を整えようとすると、
彼女の手は、少しだけ動きを早めた。
指先が、同じ場所を何度もなぞる。
押す、離す、また押す。
施術としては、まだ“正しい”。
けれど、間が違う。
彼女は、何も言わない。
視線も合わせない。
ただ、距離だけが縮まり、
触れ方だけが、わずかに急いていく。
胸が、背中に当たる。
離れない。
むしろ、深く預けられる。
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