桃は蘭に咲く
メイド喫茶で働く恋人同士の桃と蘭。接客中も隠しきれない想いに、桃の胸は揺れ続ける。意地悪で優しい蘭に翻弄されながら、閉店後の帰り道で二人の距離はさらに近づいていく。蘭に触れられるたび、桃の恋は静かに花開いていく。
店内のベルが鳴った。
「おかえりなさいませ、ご主人さま♡」
完璧な声だった。
甘さも、角度も、笑顔も、全部。
蘭が微笑むだけで、空気がやわらかくなる。
背筋を伸ばした姿勢、落ち着いた声、指先まで整った所作。
誰が見ても――理想のメイド。
「蘭ちゃんって恋人いるの?」
客が笑いながら聞く。
蘭は少しも迷わない。
「いませんよ」
にこ。
柔らかい笑顔。
――その様子を、少し離れた席から見ている視線があった。
桃だ。
「……」
注文を取るふりをしながら、視線だけが蘭を追う。
(いませんよ、じゃないでしょ)
胸の奥が、ちくっとする。
(い、いるし……私が)
トレイを持つ手に力が入る。
蘭は気づかない。
客に向ける笑顔は、完璧なまま。
桃は視線を逸らした。
「……仕事、だから」
小さく呟く。
(わかってるし)
(わかってるけど)
喉の奥が少し熱い。
そのとき。
「桃」
背後から柔らかい声。
振り向くと、蘭が立っていた。
「次、休憩一緒ですよ」
「……そう」
短く返す。
蘭は少しだけ目を細めた。
「桃、少し機嫌悪いです?」
「別に」
即答。
蘭はくすっと笑う。
「そうですか」
少し顔を近づけて、
「じゃあ、あとでお話ししましょうね」
その一言だけで、
桃の心臓が跳ねた。
蘭はそのまま客席へ戻っていく。
残された桃は、小さく呟いた。
「……ばか」
でも頬は少し赤かった。
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