桃は蘭に咲く (Page 5)

二人は休憩室を出て、また仕事に戻る。

けれど。

そのあと何度も視線が合った。

客の間を歩くたび。

カウンター越しに。

すれ違うたびに。

蘭が、少しだけ笑う。

桃の胸がそのたびに跳ねる。

(帰ったら)

(続き)

それだけで、顔が熱くなる。

閉店時間が来るのが、
こんなに長く感じたのは初めてだった。

最後の客を見送って、店の灯りが少し落ちる。

「お疲れさまでしたー」

メイドたちの声が重なる。

桃はロッカーで着替えながら、まだ胸の奥が落ち着かなかった。

さっきの休憩室。
蘭の声。
近すぎた距離。
(早く続きしてほしいよ)

ロッカーの扉が閉まる音。

振り向くと、蘭が立っていた。

私服に着替えて、壁にもたれている。
さっきと同じ、少し意地悪そうな顔。

「桃」

「……なに」

桃は視線を逸らす。

蘭はゆっくり近づいてくる。

「まだドキドキしてる?」

「してない」

即答。

蘭がくすっと笑う。

「してるよ」

そのまま、桃の手首に軽く触れる。

桃の肩がぴくっと揺れた。

「……蘭」

「ほら」

蘭は楽しそうに言う。

「やっぱり」

桃はもう顔を上げられない。

蘭は少しだけ顔を近づけて、小さく囁く。

「帰ろっか」

桃は小さく頷く。

店を出ると、夜の空気が少し冷たい。

歩き出してしばらくして、蘭が桃の手を取った。

指を絡める。

桃の心臓がまた跳ねる。

「桃」

「……なに」

「さっきさ」

蘭は前を向いたまま言う。

「続き、してって言ってたよね」

桃の耳が赤くなる。

「……言ってない」

「言ってた」

即答。

蘭は楽しそうに笑う。

桃は小さく息を吐く。

「……蘭のせい」

「うん」

あっさり認める。

夜道にはほとんど人がいない。

住宅街の静かな道。

街灯の下で、蘭がふと足を止めた。

桃もつられて止まる。

「……蘭?」

蘭は答えず、桃の方を見る。

少しだけ笑う。

「桃」

「なに」

「我慢してる顔」

桃の胸がどきっと跳ねる。

「……してない」

「してる」

蘭は一歩だけ近づいた。

距離が消える。

桃の呼吸が浅くなる。

「蘭……」

名前を呼んだ瞬間、蘭の手が桃の頬に触れた。

次の瞬間。

唇が重なる。

桃の思考が一瞬止まる。

浅く触れるだけのキスじゃない。

長い。

静かな夜道で、時間が止まったみたいに。

桃の指が、思わず蘭の服を掴む。

蘭は離れない。

ゆっくり、深く。

桃の呼吸が乱れる。

「……ん」

小さな声が漏れる。

やっと唇が離れたとき、桃の顔は真っ赤だった。

蘭はその顔を見て、少し笑う。

「桃」

声が少し低い。

「さっき我慢できないって言ってたよね」

桃は言葉が出ない。

蘭はもう一度だけ、軽く額を寄せた。

「早く帰って、続き…楽しも」

小さく囁く。

桃の心臓がまた跳ねる。

蘭はそのまま桃の手を引いた。

「ほら」

「早く帰ろ」

家の灯りが見えてくる。

二人の手は、もう離れていなかった。

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