紅蓮の薔薇は夜に咲く ―背徳の双鎖― (Page 2)
「……眠れぬ夜を、お過ごしですか?」
ドアの向こうから、静かに声がした。
その声音だけで、体温がすっと上がる。
「アシュレイ……」
「部屋に、いつもと違う香りが漂っていたもので……誰かが“何か”を残していったようですね」
彼は部屋に入ると、まっすぐに歩み寄り、セリアの指先を取った。
その手の甲に、唇を触れさせる。けれどその動作はやさしさではなく、“確かめる”仕草だった。
「……あの男の素性について、私は確認していません。
ですから――お嬢様の香り、念のため、上書きさせていただきます」
セリアが言葉を発する前に、アシュレイの唇が手首をなぞった。
脈打つ場所を、舌先でゆっくり味わうように。
「……っ」
彼の指が、そっと首筋に添えられる。
キスでも愛撫でもない、けれど肌が粟立つほどに官能的な行為。
「安心なさってください。これは“支配”ではありません。
……“誓い”です。お嬢様が、誰のものかという証を刻むための」
「……アシュレイ、それは……嫉妬?」
「私が嫉妬など――するとお思いですか?」
その目が、ほんの一瞬だけ揺れた。
冷たく整えられた表情の裏で、わずかな熱が燃えている。
セリアはそっと彼の指先に触れた。
無意識に、心がその熱を欲していた。
そのとき、扉の外に人の気配が立った。
「セリア様、おやすみの挨拶をと……失礼しました」
ジョゼの声。
柔らかいのに、確かにアシュレイを意識している。
アシュレイは立ち上がると、静かに扉の方を向いた。
「忠犬は寝床で尻尾を振るものです。
この部屋に入るには、牙を研ぎすぎましたね」
「私は牙など持っておりません。ただ、セリア様の手をとることを夢見てここまで来ただけです」
言葉は穏やかでも、ふたりの間には張り詰めた糸が引かれていた。
セリアはふたりの男の間で、何も言えずに立ち尽くした。
だが、心の奥で確かに感じていた。
自分はいま、どちらかを選ばなければならない場所にいるのだと。
けれど、心も、身体も、すでにふたりの熱を知ってしまった。
どちらか一方に背を向けるたび、もう一方のぬくもりが恋しくなる。
その優しさも、その支配も――私を女にしてくれるものだったから。
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