夜、声を重ねて (Page 5)
重なった身体がゆっくりと緩む。
しばらくの間、ふたりは何も言わず、ただ静かに呼吸を重ねた。
カーテンの向こうで、夜の雨がまだ音を立てている。
浅倉はベッドに身体を横たえ、天井を見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。
「……信じられないな。君を抱いてしまったなんて」
るりは彼の胸元に頬を預けたまま、ふっと笑った。
「私だって。
……何年も前に諦めた恋なのに、こんなに身体に残ってるなんて思わなかった」
「恋……だったんだね」
「うん。……今も。たぶん、もう逃げられないくらい」
彼の指が、彼女の髪を梳く。
「……君の人生、狂わせてないか?」
「もう、狂ってたのよ。気づかなかっただけ。
でも……ねえ、浅倉さん。
私、あなたに選ばれたかったの。
女として、ひとりの女として……今でも間に合うなら、そうなりたい」
浅倉は答えない。
いや、答えられないでいた。
彼には家庭がある。仕事も、年齢も、過去も、しがらみも――
だが、目の前にいるるりだけは、何ひとつ求めず、ただ愛を差し出している。
「私たち、たぶん、間違ってるんだろうね」
……でも、間違いでも、私には正しかったよ」
その言葉に、浅倉の胸が少しだけ痛んだ。
そして、何かがほどけていくような感覚も、確かにあった。
しばらくして、るりは起き上がり、ベッドサイドで髪をまとめながらぽつりと言った。
「……もし、今日で終わりでもいい。
でも、あなたの中に今日の私が残るなら、それでいいの」
静かに、静かに、言葉が部屋に落ちていく。
彼女の横顔には、涙のあとも、未練も、もうなかった。
あるのはただ、満ち足りた女の強さ。
浅倉はそれを見ていた。
何も言えず、ただ見つめていた。
そして――
るりは、もう一度彼の方を振り返り、笑った。
「ねえ、浅倉さん。
あなたの人生のなかで、今日の私は……ちょっと、綺麗だった?」
彼は小さくうなずいた。
「……綺麗だったよ。とても」
その夜、交わったふたりの声は、夜の雨に溶けていった。
罪も、悦びも、後悔も、まだ言葉にならないまま。
ただひとつ、確かなのは。
――るりの心が、もう戻る気などなかったということだった。
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