夜、声を重ねて (Page 2)
征司は、少しだけ息を止めた。
「……正直に言うと、気づいてた。
でも、俺は……君にそれを返しちゃいけない立場だったから」
「うん、わかってた。……だから、何も言わなかった。
だけどね、何年経っても、それがずっと胸に引っかかってて。
“もしあのとき”って。そんなの、考えたって無駄なのにね」
雨の音が、ガラス越しに静かに響いていた。
「それでも、どうして今?」
るりは、ワインをもう一口飲んでから、まっすぐ彼を見た。
「……終わらせたかったの。
私の中にずっと残ってた“好きだった人”を、ちゃんと見て、触れて、感じて……終わらせたかった。
もしかしたら……始めてもいいって思ってる自分も、少しだけいるけど」
征司は、グラスを置き、少しだけ目を伏せた。
「……東條さんは、真っ直ぐだね。昔から、そうだった」
「ほんとは、ずるいのよ。自分から手を出せなかったくせに、浅倉さんの優しさに甘えてた。
でも……今は、違う」
彼女の目は、決して強くはないけれど、揺れてもいなかった。
征司は静かに微笑んだ。
「もう、“上司と部下”じゃないからね」
「……そう。今の私は、あなたをただ“欲しい”って思ってる女。ただ、それだけ」
その言葉が、ふたりの間にあった過去を静かに溶かした。
ワインの深紅が、グラスの内側でゆらりと揺れた。
そしてその夜、ふたりは夜の帳に紛れて、ひとつのホテルへと歩いていった。
*****
ホテルの部屋は静かだった。雨音がガラス越しに響いている。
るりは、浅倉の前でゆっくりとヒールを脱ぎ、ベッドの端に腰かけると、自ら胸元のファスナーに手をかけた。
その仕草に、艶も焦りもない。ただ、心を決めた女の静けさがあった。
「……抱いて、浅倉さん。
何も残らないくらい、ちゃんと私を壊して」
その言葉が、胸の奥に落ちた瞬間だった。
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