私の帰り着いた場所

・作

蒼太(そうた)と繭(まゆ)は、激しく愛し合う恋人同士だった。その愛情深さゆえ、蒼太の執着や束縛は人一倍で、時折喧嘩もあった。あるとき限界に達した繭は家を飛び出してしまった。新たに恋人もでき、穏やかな生活を送っていた繭だったが…。

今夜のデートは、洒落たレストランでディナーらしい。
普段仕事が忙しい隆夫さんが、今日は定時で上がれるから、と予約をしてくれたのだ。

飾り立てるのは苦手な私だが、今日は少しだけメイクにも気合いが入る。
あとは口紅だけ、というとき、携帯が鳴った。

予定が変更になったのかな?

着信を見ると、隆夫さんではなかった。

「…蒼太…」

一年前に別れた彼だった。

ためらったが、思いきって出てみた。

「…もしもし…?」

「もしもし、繭…?」

電話の向こうから、懐かしい声がする。
ほんの少し、胸の奥がキュンとした。

「…蒼太、久しぶり…」

「繭、元気そうだね、声が聞けて嬉しいよ」

私たちは3分ほど会話をした。
彼は異動先が遠く、今のマンションを引き払うことにしたと言う。
置いてきたままの私の荷物で、必要なものがあれば送るから、時間があるときに見にきてほしい、ということだった。

隆夫さんとの待ち合わせは7時。
まだ4時すぎで時間がだいぶあるから、これから行くことにした。

仕上げのルージュを引く指が、なぜか少し震えていた…。

*****

この駅に降りたのは一年ぶりだ。
部屋を飛び出して以来、一度も来たことはなかった。

あの激しい雨の夜、傘も持たずに飛び出した私。

辛い記憶がよみがえる。

バイト仲間たちと飲み会があった。
その最中に突然激しい雨が降りだし、飲み会はお開きになった。

自転車で帰るのは危ない、と先輩が私を車で送ってくれることになった。

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