オフィス・アフター・アワーズ (Page 2)
「……課長」
「玲司、だ」
呼び方を正される。
そのまま、彼は彼女の顎を持ち上げ、唇を重ねた。
柔らかく、迷いのないキス。
美咲の身体が、わずかに震える。
驚きと戸惑い。
けれど、拒絶する理由はなかった。
橘の舌が、そっと彼女の唇をなぞる。
彼女も、自然に口を開いた。
絡まる舌。
深く、濃く、互いを求め合う感覚。
美咲は、必死に自分を保とうとした。
だが、橘の手が背中に回り、そっと引き寄せられると――
抵抗は、溶けていった。
彼の胸に、身体を預ける。
それだけで、心がほどけた。
どれだけ、頑張ってきたか。
どれだけ、誰にも頼らずに耐えてきたか。
橘は、何も言わずに、彼女を抱きしめた。
静かに、けれど強く、背を撫でながら。
「頑張るのもいい。だが――たまには誰かに頼れ」
「……誰か?」
「そうだ。俺でも、いい」
耳元で囁かれたその声に、
美咲の心の最後の砦が崩れた。
エレベーターの扉が開き、
橘は美咲の肩を抱き、駐車場へと向かった。
車に乗り込む。
無言のまま、エンジンがかかる。
静かなドライブ。
車内に、ふたりの呼吸だけが満ちていた。
やがて、車は彼女のマンションの前に止まった。
「……ありがとう、ございます」
「まだだ」
橘は、エンジンを止め、彼女を見た。
「今日くらい、俺に甘えろ」
その言葉に、美咲は目を伏せた。
小さく、うなずく。
橘は美咲をそっと引き寄せ、静かにキスを落とした。
深く、濃く、甘いキス。
彼の手が、彼女の髪に触れる。
指先が、優しく首筋をなぞった。
「……玲司、さん」
震える声で名前を呼ぶと、
橘は微かに笑みを見せた。
冷徹な男の、誰も見たことのない微笑み。
その瞬間、美咲は知った。
この人は、外側は冷たいけれど、
奥に燃えるような熱を秘めているのだと。
彼女は、そっと彼に身を預けた。
夜の闇が深くなる中、
ふたりの熱だけが、静かに燃え上がっていった。
橘の腕の中で、美咲はしばらく目を閉じたままだった。
車内の空気は、ひどく静かだった。
けれど、ふたりの間には確かに熱が流れていた。
橘の指先が、彼女の頬をなぞる。
繊細な動きだった。
まるで、そこに触れることすらためらっているかのように。
美咲はそっと目を開けた。
すぐ近くに、橘の顔。
普段の冷徹な表情は影をひそめ、
ただ、彼女だけを見つめていた。
「……部屋に、行ってもいいか?」
低く落とされたその声に、
美咲はわずかに息を呑んだ。
普段の橘なら、そんな問いすら許さず、
すべてを決めてしまうはずだった。
だが、今の彼は違った。
たしかに彼女に、選ばせようとしていた。
美咲は小さくうなずいた。
「……はい」
たったそれだけの言葉に、橘の目が微かに細められた。
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