吐息が響く準備室、抗えない指先 (Page 2)

午後の講義が終わるころ、窓の外はすっかり雨模様になっていた。

私はわざとゆっくり荷物をまとめ、教室の隅でタイミングを見計らっていた。

傘を忘れたわけではない。ただ――誰かの傘に入りたかった。

「真白さん、帰り?」

低く、落ち着いた声がすぐ背後から降ってきた。

笹原先生。振り返ると、黒の傘を片手に持って立っていた。

「……はい。でも、雨すごいですね」

「よかったら入る? 駅まで、同じ方向だったよね」

その一言に、内心の高鳴りを必死に抑えて、小さく頷いた。

傘の下、肩と肩がかすかにふれそうな距離。

雨音の中、私の鼓動がやたらと大きく聞こえる。

「先生って……香水とか使わないんですか?」

「使わないね。香りの強いもの、少し苦手で」

「……なんか安心します。先生の匂い。落ち着く」

傘の布を伝って、雨粒がぽとりと地面に落ちた。

先生の横顔が静かにこちらを向く。私は思わず目を逸らした。

「……真白さんは、変わってるね」

「それ、褒めてます?」

「もちろん」

その言葉だけで、また心臓が跳ねた。

キャンパスの渡り廊下の角にさしかかったとき、風が強く吹き抜けた。

思わず傘があおられ、私はバランスを崩しかけた。

とっさに先生の腕をつかむ。

「わ、ごめんなさい……っ」

「……大丈夫。危なかったね」

そのまま、先生の手が私の背中を支えるように回った。

布越しでも、ぬくもりがじんわりと伝わってくる。

しばらくふたりでその場に立ち尽くす。

風のせいにしていたけれど、私はたぶん、歩きたくなかった。

「この先、濡れるな。少し、ここで待ってようか」

先生が言い、視線を巡らせた先に、講義棟の裏手にある視聴覚準備室が見えた。

しばらく使われていない、静かな空間。

先生はポケットから鍵を取り出すと、ふっと笑った。

「……鍵、持ってるんですよ。都合よすぎます?」

「ううん。ちょうどいい、です」

そう答えたとき、自分の声が少しだけ震えていたことに気づいた。

でも、もう止まらなかった。

視聴覚準備室の中。

狭い室内には、雨音とふたり分の湿った空気だけが残っていた。

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