最初にして最後の愛 ~生きて戻りし君と、愛を分け合う裏切りの夜~
出征した婚約者・勇の代わり、兄の清に嫁ぐことになった千代。しかし終戦後、勇は故郷に帰ってきた。勇を忘れられない千代は、一度だけ抱いて欲しいと頼み込む。ためらう勇だったが、愛する千代に己の印を刻み込み……。かつてどこかであった、悲しい性愛の物語。
足早に離れへ駆け込み、ぴたりと雨戸を閉める。誰かに見られたらおしまいだ──私も、勇さんも。
勇は座布団も敷かず、厳しい顔で正座していた。窓も雨戸も閉め切った夕刻の離れは真っ暗で、薄暗い電灯が横顔を照らしている。ひどく陽に焼け、髭を剃るのも辛そうな傷だらけの顔──。
勇はこちらを向き、ぎろりと千代を睨みつけた。少年時代と同じ大きな瞳で。
「なぜ来たんですか、千代さん」
「……勇さん」
「私はもうこの家にはいられません。明日には発ちます、わかっているでしょう」
「戦争が終わったらあなたに嫁ぐと決めていました、勇さん」
生意気だと言われ続け、こんなふうに話すことを止めていた。でも、勇を前にすれば。──かつての婚約者に向き合ったら、素直な言葉が湧き出てくる。
あなたが好き、忘れるつもりなんてなかった。戸惑う勇の胸に飛び込み、千代はその男をきつく抱いた。汚れきったカーキ色の軍服に爪をたて、顔を埋める。
「あなたは生きて帰ってきた……ならば、私が嫁ぐのはあなたです。清さんじゃない」
「……兄を裏切れと言うのですか」
「私を裏切らないで、勇さん。私、あなたを待ち続けていました。あなた以外は夫じゃないわ」
「兄は優しい男です。あなたを幸せにしてくれます、必ず」
「それでも私はあなたがいいの」
勇の手が千代のうなじに触れる。太くかさついた指が、くるくると巻き上げられた短い髪に差し込まれた。
きっと私の髪は勇さんに絡みつくだろう、千代は目を閉じて願う。これが最後であっても、心はずっとあなたの元に。
首筋を抱き寄せる指に少しずつ力がこもる。千代さん、呼ばれた名前には隠しきれない熱がこもっていて、心臓が高鳴る。もんぺに包まれた細い腰がぐっと掴まれ、体と体がぴたりと寄り添う。
「……私だって、あなたがいい。千代さん……」
「さらって逃げて、勇さん」
「それはできない。できないんだ。私は家族のために戦った、家族とあなたのために、あの苦しみを耐え抜いたんです」
「私はあなたを知らずに生きてゆけません、勇さん。どうかお情けを」
「……困った人だ」
千代は迷わずに顔を上向け、勇の唇を受け止める。戦場帰りの男の口はかさついて、タバコの匂いがした。うなじを撫でていた腕がするりと下に降り、ブラウスの襟から指が侵入する。
口付けの作法なんか知らない。ただ本能のままに舌をからめあい、首筋を撫でる。少しずつ上がる息の中、千代と勇は毛羽立った畳の上に座り込んだ。もう、立ち上がることはできない。
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