ねえ先生、私を見て──。

・作

講師となって母校の美大に戻ってきた私は、恩師である木島と再会する。鮮やかな絵を描く木島先生──。私はずっと、先生のことが好きだった。誰もいない夜のアトリエで彼と身体を繋げながら、胸の痛みを見ないふりして、幸せだと思い込んだ。

絵の具のにおいがツンと鼻を刺激する。
ここ十年で一気に老けた一人の男が、大学内にあるアトリエのど真ん中で居眠りをしていた。彼の座る椅子の前にはイーゼルとキャンパスが置かれているが、まだ何も描かれていない。

「木島先生。まだ残っていらしたんですね」

部屋の入口から私が声をかけると、美大の教授であるその男──木島先生は、瞑っていた目を薄く開いた。

「こんなところで寝ていては体を痛めますよ。もうお帰りになったらどうですか?」

「ん……。ああ、君か。君こそ早く帰りなさい。ご家族が心配するだろう」

「先生、寝ぼけているんですか? 私はもう大人で、あなたの生徒ではないですし、とっくに実家を出ています」

「……そうだったな。今の君は私の同僚だった」

「昔の夢でも見ていたんですか?」

「ああ。君がまだ私の生徒だった頃の、懐かしい夢を見ていたよ」

あくびを浮かべた木島先生が、座ったままぐっと両手を上げて体を伸ばした。

アトリエのドアを閉め、真っ白なキャンパスが置かれた部屋の中央に向かって歩く。その前に座る先生の髪には、白いものが目立っていた。

「描きたくなって準備をしたはいいが、どうしてもキャンパスに手が伸びなくてね。今日はもう駄目らしい。このまま帰って寝ることにするよ」

私は「そうなんですね」と言って頷いた。この人の描く鮮やかな世界に、少女時代の私は恋をしていた。

先生が「喉が渇いたな」と呟いたので、「飲みかけでよければ」と言ってペットボトルの水を手渡す。蓋はわざと緩めて渡した。先生が水を掴む前に、私の手がそれを放す。

ペットボトルが床に落ちた。「わっ」と驚く先生のズボンが、濡れて色を濃くしている。

「すみません。拭かないと……」

私は彼の前に座って、鞄から取り出したタオルを使い、布の水分を吸い取っていく。
先生の脚の付け根あたりや、太ももなんかを重点的に。

「ちょっと君、そんなことはいいから──」

「ああどうしましょう、ズボンの中まで染みていそうですね」

私のことを止めようとする先生の言葉を遮って、彼の腰に回っている黒いベルトに手をかけた。

「脱いでください、先生。ちゃんと拭かないと……。ね?」

ベルトを緩めてチャックを下ろすと、むわっと男性のにおいが香った。

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