ねえ先生、私を見て──。 (Page 5)

後処理を終えた後、服を整える私を先生が椅子に座って眺める。

「それじゃあ、私はもう行きますね。また来週」

「あぁ。いい週末を」

こちらに向いていた視線が、イーゼルの上のキャンパスへと移る。真っ白の、何色も載っていない寂しげなキャンパス。

「いい絵が描けるといいですね」

部屋の出口に向かいながら声をかけると、先生はどうしてか苦笑して、指でガリガリと頭をかいた。

「亡くなった妻の絵を描こうと思ったんだ。けれど……」

ぽつりと落とされた声を聞いて、私の足は勝手に止まる。

「妻の笑顔が、もう思い出せないんだ」

気がつけば私は引き返していて、白髪混じりの頭を胸にかき抱いていた。

この人の心に他の女性がいることはわかっている。十年前に亡くなった奥様のことを、愛していることはわかっている。

だからこそ、胸に隠した本心はまだ言えない。ねえ先生、私を見て──。そんなことは、まだ言えない。

「ねえ先生。今日は一緒に眠りませんか」

側にいたい。側にいてあげたい。
それ以上のことは、今はまだ望まないから。

Fin.

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