裏垢の怪異 (Page 2)
紙袋さんとは、ホテル内で待ち合わせになった。
ひとりでホテルに入るのはなかなか気恥ずかしかったが、それも彼のルールのひとつだ。
若干不親切な気もするけど、仕方ない。
キャンセルも直前まで考えたけど、時間が近づくとなぜか足がホテルに向かってしまった。
正直、怖い。
念のため顔はマスクで隠しているし、スマホの背面タップですぐに通報できるようにしている。
…なんでここまでして会いに来てるんだろう。
自分の無謀さに頭を抱えていると、不意に扉をノックする音が響いた。
「ひ!」
大きく心臓が跳ねる。
どうしよう、来ちゃった。
逃げる動線を素早く確認して、恐る恐る扉の外にいる人物に応える。
「どうぞ…」
ゆっくりと扉が開き現れたのは、高そうなスーツを身にまとった長身の男性——
「えっ」
その顔を見て、思わずギョッとしてしまった。
確かに、隠れている。
てっきり私と同じようにマスクをしたままとか、そういうことかと思ったら、その名の通り——紙袋で作った覆面のようなものをすっぽりと頭に被っていた。
「はじめまして、紙袋です」
低くて渋みのあるいい声。
でも…紙袋。
「あ…、っ…アカです」
意表を突かれてうっかり本名を口走りそうになった。
「あの、今日は…その格好でここまで…?」
「ええ。今日はというか、いつも」
「…あー…」
これは…一緒にホテルに入る方が恥ずかしかったかもしれない。
頭の中で「やっぱり帰ろう」と警報が鳴っている気がする。
言葉に詰まっていると、紙袋さんが見えない口を開いた。
「驚きますよね。初めて会う女性にはいつも同じ反応をいただきます」
品のある口調だけど、不思議と演技くささは感じない。
「もし抵抗があるようでしたら、このままお帰りいただいて構いません。もちろん、場所代も私がお支払いします」
「えっ…そんな、すみません…」
しまった、気を悪くしただろうか。
見た目は怪しいのにやけに紳士的な態度の彼に、私は焦って頭を下げた。
「いえ、謝らなくて結構です。私の気がかりは、あなたが不安を感じたまま事を進めてしまうことですから」
落ち着いた声色で諭される。
怒ってるんじゃなくて、私を気遣ってくれてる…ってことだよね?
いや、それなら紙袋をとってほしいけど。
…でも、顔を隠したまま会うことを承諾したのは私だ。
イケメンかどうかは気にしてないけど、もし全然好みじゃなかったら興ざめしちゃうかもしれないし。
逃げ道も確認済みだし…大丈夫。
「よければ、まずはお話をしてからでも」
「あの…私、大丈夫です。お願いします」
突然、紙袋がぐぅと近づく。
目元にくりぬかれた穴の奥は、真っ暗。
「…ほう、本当に?」
顔の一切の要素がわからない。
何か恐ろしいものを見ている気がして目を逸らしてしまう。
「は、はい」
不安でたまらないのに、なぜか自然と頷いてしまった。
「では、いただくとしましょうか」
——一層低い声に、ゾクリと背中が粟立った。
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