甘い香りに堕ちて (Page 2)
そう返したつもりだったのに、声は少しだけ震えていた。
涼は、静かに笑った。
「いや。…彩花に言ってるんだよ」
心臓が跳ねた。あの頃と同じ、まっすぐな言葉。だけど私は、もうあの頃の私じゃない。
「始めるね」
声が掠れていた。オイルを温め、手に馴染ませる。
涼の背中に触れた瞬間、懐かしさと、どうしようもない感覚が蘇る。
広い肩、しっかりした肩甲骨、指先が覚えている硬さと形。
「……あー、張ってるな」
昔と同じ、低い声。
「最近忙しいの?」
「そうだな……バリバリ仕事頑張ってるよ」
笑って答えながら、心は笑えていないのを自分が一番知ってる。
手のひらで肩を押し流すようにほぐし、肩甲骨のキワを親指でゆっくり押し込む。
涼の息がわずかにほどける。
「あ…そこ…変わんないな、その力加減に押し方。めっちゃ気持ちいいよ」
「覚えてるんだ」
「あの頃からよくマッサージしてくれてたもんな」
言葉が、芯に触れる。
腰へ、背中の下へ、続けて太腿へと手を滑らせる。
涼の足に添えた手に、涼の指がそっと重なった。
触れられたわけじゃない。ただ、手の上に置かれただけなのに、呼吸が浅くなる。
「……彩花」
名前を呼ばれるだけで、胸の奥が熱くなる。
逃げない。逃げられない。
涼の手が、彩花の腰へとまわる。
ほんの少しの力で、体が引き寄せられる。
「……っ」
至近距離。息が混ざる。
彩花は抵抗しなかった。いや——できなかった。
涼の目が、真っ直ぐだったから。
触れたら終わる。触れたら戻れない。
分かってた。なのに——触れた。
唇と唇が、そっと重なった。
一瞬のはずなのに、全身がひどく熱い。
「……ん…」
彩花が息を吸うと、涼の指が腰に食い込む。
もう、言葉はいらなかった。呼吸と体温だけで伝わってしまう。
唇が離れても、距離は離れない。
彩花は自分から涼の首に腕を回した。
触れていたかった。離れたら、また全部失う気がした。
涼も彩花を抱き寄せる。力じゃなく、意思で。
「……彩花」
名前の呼び方が、もう昔のそれじゃなかった。
囁きでも、呼びかけでもなく——求める声。
「……離れたくない」
彩花がそう呟いた瞬間、涼の呼吸が止まる。
次の瞬間、身体ごと抱き寄せられた。
胸と胸が重なる。涼の心臓の音が、私の心臓にぶつかってくるみたい。
——2人の温度が混ざり合っていく。
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