鏡の中の恋人

・作

彼は鏡の中だけにいる私の恋人。「踊り場の全身鏡であることをすると、未来の恋人が鏡に映る」――幼いころに学校で流れていた噂を試してからずっと、大きな鏡の中でだけ彼に会える。社会人になって買った全身鏡の前で裸になった日、彼は初めて私に触れた。甘く優しいいじわるを求めて、今日も私は鏡の前に立つ。

服を脱いで、鏡の前に立つ。

身に着けているのは、今日初めておろした新品の下着。

薄いミントグリーンが肌をきれいに見せている…気がする。

「どうかな?」

気恥ずかしくて、ブラの紐を無意味に触りつつ鏡に向かって聞く。

「かわいいね」

彼が、横から鏡に映り込んできた。

2人並んでも余裕でフレーム内に収まる大きな全身鏡は、去年ひとり暮らしを始めたときに選んだものだ。

親には「ワンルームにこんな大きい鏡いらないでしょ」と呆れられたけど、私にはどうしても必要だった。

「こういう色選ぶの珍しいね?」

「この前パーソナルカラー診断を受けたんだけど、こういう色が似合うみたいなの」

「へー、確かによく似合ってる」

優しく微笑む彼からの褒め言葉に頬が緩む。

「へへ、やった。せっかくだから見てほしくて」

すると、彼は半歩こちらに近づき、肩がぴたりとくっつく距離で言った。

「でも、口実でしょ?」

彼の微笑みはいたずらっぽい笑みに変わっていて、おろしたてのショーツがじわりと濡れた。

*****

彼と初めて出会ったのは小学生のころだ。

学校では、ある噂が語り継がれていた。

――踊り場の全身鏡の前であることをすると、未来の恋人が鏡に映る。

そんな、よくある噂。

普段は人通りの多いその階段で、たまたま1人になったときのこと。

未来の恋人って、どんな人だろう?

どんなふうに映るんだろう?

淡い期待にドキドキしながら、あの噂を試してみた。

固く閉じた瞼をおそるおそる開くと、鏡に映っているのは――妙なポーズをした自分自身だけ。

それを見た瞬間急に恥ずかしくなって、人の気配がないのを確認してから顔を真っ赤にした鏡の中の自分に向かって「ばか」と呟いた。

そのときだった。

「ばかじゃないよ」

その声と同時に、同い歳くらいの男の子がひょこっと私の横に現れたのだ。

驚いて振り向いても、そこには誰もいない。

彼がいるのは、鏡の中だけ。

「あなたが私の恋人なの?」

鏡越しに男の子に聞くと、にっこり笑って彼は答えた。

「そうだよ」

――それから、大きな鏡の前に立つと彼の姿が映し出されるようになった。

彼はある程度の大きさがある鏡じゃないと現れることができないようだった。

だから、平日は学校で、休日は公民館かショッピングセンターの鏡で会っていた。

中学生のときは、玄関からすぐそばの鏡で。

高校生のときは、武道場の入口にある鏡で。

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