失恋には甘い快楽を
彼氏に婚約者がいるのを知り、こっぴどい別れを遂げたその夜。行く当てもなく街を彷徨っていると一人の童顔青年に出会う。初めこそ警戒していたものの徐々に打ち解け合い、求められるがまま野外で交わる。失恋の傷跡に甘美な快楽を。
「このっ! 泥棒猫!」
そう言われて引っ叩かれたのが一時間前。
煌びやかに光る街灯とは対照的に、光里の心はどんよりと沈んでいた。
客引きの男がドン引くほどの青タンが頬に張り付いた午前三時。
ふらふらとした足取りで街を彷徨い歩く。
行く宛なんてない。
いや、さっきまではあったのだ。
帰る場所が。自分の居場所が。
しかしそれは泡沫の夢のように、尊くも消えてしまうものだった。
「うっわ、すっごい顔。おねーさんだいじょーぶ?」
若い男の声が横から聞こえた。
感情の渦に呑まれており声をかけられるまで彼の存在に気が付かなかった。
光里は沈んだ目で男を見る。
若い男、というより未だ幼さの残る男だった。
くりくりとした瞳。
毛先を赤色に染めた艶やかな髪。
整ってはいるものの、一瞬未成年を疑うほどの顔立ちで光里はたじろいだ。
「ねー。大丈夫ってば。あーあー、日本語わかる?」
少年は光里の顔を覗き込む。
身長も光里とそれほど変わりなく、少年がこんな時間に何してるんだという気持ちの方が勝った。
「え…あー、うん。大丈夫…です…?」
「なんで疑問系なの」
少年はケラケラ笑う。
かと思えばおもむろにジーンズのポケットを漁った。
ポンっと出してきたのはどこにでもありそうな市販の飴玉。
光里の目の前に差し出し「ん」とだけ言う。
くれるということなのだろうか。
知らない人から食べ物をもらうのは気が引けたが、何もしないこともできず、光里は渋々飴玉を受け取った。
「飴はいつでも甘いからね。やなことあったときはちょうどいいんだよ」
飴が甘いのは当たり前なのに、この子は何を言っているんだろうとぼんやり思う。
貰ったはいいものの食べるのに躊躇していると、少年はくるりと背を向けた。
「おねーさん帰り? 駅まで送ってくよ」
「えっ…送っていくって、そんな…むしろ貴方の方が…」
貴方の方が年下でしょ。だから私が送るよ。
なんて言葉はでなかった。
誰かを気にかけているほど心に余裕はなく、お世辞にも送っていこうだなんて気にはならない。
言葉に詰まっていると、少年はケラケラと笑い出した。
「これでも成人済みでーす」
「えっ!? あっ、そうなの!? ご、ごめん」
「いーよー。慣れてるから。で、駅どこ?」
本当に気にしていないのだろう、少年、いや、青年はさっさと話を元に戻した。
そしてやはり、返答に詰まる。
せっかく送ってくれようとしているのだから甘えるのが礼儀な気がする。
しかし本音はそこじゃない。
光里は口を何度か開閉させ、ようやく言葉を絞り出した。
「…まだ、帰りたくない…かな…」
家はある。
しかし、帰りたいと思う場所はない。
目的もなくただ歩いていることに意味があるとは思えないが、それでもただ歩きたかった。
青年の方をチラリと見れば、少し考えたような仕草を見せる。
「わかった、じゃあ遊びに行こう!」
「え? わっ、ちょ!?」
光里が何かを言う前に青年に腕を引かれる。
いつもなら初めての相手に腕を引かれたなら振り解いているはずだが、なぜだか青年には安心感があった。
童顔だからだろうか。
悪意が見えないからだろうか。
ともあれ光里はされるがままに夜の街へと繰り出した。
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