肌に残る熱い吐息と、キスマーク

・作

女盛りを迎えた、賀寿美(かすみ)42歳は、シングルマザーとして子育ても落ち着き、女である自分の時間を取り戻そうと、あるバーを訪れた。そこで待ち受けていたものはマスターからの情熱的な愛撫であった。

(自分が女であったと忘れていた期間は、どのくらいかしら…?)

賀寿美は、鏡に映る赤いルージュを引いた自分の顔を眺めて、ぼんやりと昔のことを考えていた。

当時、2歳になったばかりの長男と産まれたばかりの次男を抱えて、暴力とアルコールにまみれた夫から、賀寿美は必死で逃げ出した。

離婚してからは、子どもたちに不自由な暮らしをさせないようにと、朝から晩まで必死に働いた。

18歳で授かり婚をして、20歳で離婚。

同年代の女の子たちが、お洒落をして遊んでいる中、賀寿美は、自分の身なりに構っている余裕はなかった。

目鼻立ちは整い、バランスの取れたスタイルといった恵まれた容姿の彼女に、言い寄ってくる男たちは数知れず…。

だが、賀寿美は全く相手にせず、ただ母として、子どもたちのために精一杯生きてきたのだ。

それこそが、賀寿美の生き甲斐でもあったからだ。

しかし、それから22年の時が流れ、愛しい子どもたちは成長し彼女の手から巣立ってしまった。

ぽっかりと胸に空いた穴を埋めようと、賀寿美は焦りにも似た寂しさを感じていた。

(今やらなきゃ、あっという間に老いてしまう…)

そこで、久しぶりに訪れた美容院で、しっとりとした黒髪にウェーブをかけ、年齢と共にムッチリとしてきたお尻と太ももが強調されるようなタイトなスカートを買ってみた。

そして、残された自分の人生を一から始めてみようと、20数年ぶりに化粧品を手にしたのだった。

すべての身なりを整え、姿見の前に恐る恐る立ってみる。

そこには、弾けるような若さはないものの、匂い立つような色気が溢れる、女の顔をした賀寿美の姿が映し出されていたのだ。

清楚な白いブラウスを着ているが、胸のあたりが少し窮屈そうだ。

それもまた、男を誘うエッセンスとなり得ることを彼女は、本能的に察知していた。

全身をくまなくチェックし、賀寿美は夜の街へと繰り出した。

ふと目に止まった、一軒のバー。

赤レンガ造りの建物が、ノスタルジックな懐かしい雰囲気を漂わせており、自然とドアに手をかけていた。

「いらっしゃいませ」

「1人なの…大丈夫かしら?」

「問題ございませんよ。カウンター席へどうぞ」

物腰の柔らかいマスターの、控え目な笑顔が好印象だ。

年は、30代だろうか?賀寿美より若く見える。

背が高く、細身の身体に、白シャツに黒のベストといった、いかにも…な格好がよく似合っている。

また切れ長の目は、笑うとフニャッと垂れ目になり、女性の母性本能をくすぐるような、甘いマスクの持ち主だ。

店内には、賀寿美以外に客はおらず、今夜は閉店の時間を早めるつもりだったと聞かされた。

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