甘噛みを受けながら大きなあなたを受け入れる (Page 3)
そうか、深夜だからインターホンも控えてくれているんだ、紳士永田は。合ってる、と返信するよりもドアを開けた方が早いのかもしれない。
スカートから伸びた己の素足が急に恥ずかしくなり、慌てて和歌子は脱衣籠からストッキングを抜き取り、履く。
その拍子に、爪でストッキングを引っ掻いてしまった。
何をやっているんだろう、と和歌子は頬を指先で叩きながら、玄関の魚眼レンズを覗く。
少し寒そうに、ブリーフケースを手にした永田が肩をすくめて立っている。
「ごめん、待たせて」
「いや、謝るのは俺だから。最終確認の時に気付けばよかったんだけど、一点だけ気になって。前年比の数字は、藤沢が把握してくれているから」
意固地になって情報を全て永田に託さずに、自身にしかわからないようにしているのは和歌子だ。
それを責めることなく、感謝の意を込める永田。和歌子は罪悪感で頷くことしかできない。
「すぐ済ませるから、ここで。ノートパソコンの電源だけ借りていいかな?」
「いいのいいの、寒いからリビングまで来て。小さいけどコタツあるから」
「ありがとうな、甘える。俺が帰ったら飲んで」
にこりと、永田はビール缶三本と肴の入ったビニールを和歌子に手渡す。
和歌子は永田を招き入れる。汗をかいているビール缶の肌をみながら、しまった、濡れた下着も取り替えておけばよかった、と思いつつ。
小さなコタツがあたたまり、パソコンが起動しても永田は脚をコタツに入れずに正座したままだ。
「あったかいよ。入って」
自分が何気なく口にした、入って、という言葉に和歌子自身が過剰反応してしまう。入れて、じゃないから。入って、だから!
「うん、入るよ」
入るよ。永田の声を反芻し甘く受け止めがちな自分を和歌子は叱咤する。仕事!仕事仕事仕事、と呪文のように繰り返す。
しかしそう簡単に脳内は切り替わらない。やだな、欲求不満みたい。単に眠り薬としての自慰行為がなんだかとんでもない時間を引き寄せてしまっている。
「ここなんだけどさ…カテゴリをもう一段落、細分化すれば数字が更に明確になるかな、と」
「あれ?細分化した数字を部長に渡したのにな」
「そっか、だから部長、さっき藤沢に電話入れてた?」
えっ?和歌子の動きが静止する。
「俺と話してる背後で、バイブ鳴ってたでしょ、藤沢。だから誰かから着信かなーって」
「ううん、私はスマホこれ一台だし」
「…じゃあ何が鳴ってたんだろう…」
バイブレーターです!!と答える訳にもいかない。
「電波が悪くて混線してたのかな。あはは。部長が数字を自分が確認してから、永田との共有フォルダに落としておくっていってたのに…」
渇いた笑いで誤魔化しつつ、和歌子はリビングの扉をみつめる。その向こうにはバス、そしてトイレ…。
「そうなの?まぁ、まだ部長のミスと決まった訳じゃないから。数字、ある?」
「はい」
素敵でした。
肝心なシーンのみならず、2人の会話からぎこちない関係や互いを大事に想う気持ちが伝わってきて良かったです。
ななし さん 2021年5月4日