玄関先から始まる人妻の秘密

・作

夫とは何年も会話もなく、同じ家に暮らしながら孤独を抱えていた美結。自宅サロンを営む彼女の日常を変えたのは、毎日荷物を届けに来る若い配達員・加瀬くんだった。何気ない会話から少しずつ縮まる距離。誰にも言えない昼下がりの秘密が、乾いた心を甘く揺らしていく。

「こんにちは。お荷物です」

インターホン越しに聞こえた若い声に、私は思わず手を止めた。
これまで担当していた年配の配達員ではない。
玄関を開けると、そこには見慣れない男性が立っていた。

長身で、日に焼けた肌。
荷物を抱える腕は太く、制服の袖口からのぞく筋肉がたくましい。
額にはうっすら汗がにじみ、働く男の熱をまとっていた。

「今日からこの地域の担当になりました。加瀬です」
真面目そうに頭を下げる姿に、私の胸が小さく揺れる。

「よろしくお願いします」
伝票を受け取るとき、指先がわずかに触れた。
たったそれだけなのに、忘れていた感覚が身体の奥で目を覚ました。

夫に名前を呼ばれることも、優しく見つめられることも、もう何年もない。
中学生と小学生の娘を育てながら、自宅サロンを切り盛りする毎日。
家族のために働き、家事をこなし、気づけば女としての自分はどこかへ置き去りになっていた。

けれど加瀬くんは、次の日も、その次の日も笑顔でやって来た。
「美結さん、今日は忙しそうですね」
自分の名前を呼ばれただけで、胸が熱くなる。

*****

それから毎日、加瀬くんはサロンへ荷物を届けに来た。

最初は挨拶と受け渡しだけだったのに、少しずつ会話が増えていく。
天気の話、仕事の話、休日の過ごし方。
ほんの数分のやりとりなのに、その時間だけは私にとって特別だった。

「加瀬くん、休みの日は何してるの?」
「寝て終わることが多いですね。彼女には怒られますけど」

彼女。

その言葉に、胸の奥が小さく痛んだ。
若い彼に恋人がいるのは当然だ。
結婚も考えているらしいと聞かされ、私は笑って相談に乗りながら、自分でも気づかないふりをしていた。

それでも、彼が来る時間になると鏡をのぞき、髪を整え、そわそわしてしまう。
そんな自分が少し可笑しく、そして切なかった。

ある日、大きな荷物を抱えた加瀬くんが、玄関先で息をついた。

「これ、重たいので奥まで運びますか?」
「ありがとう、お願いできる?」

制服の袖口からのぞく腕に、思わず視線が吸い寄せられる。
冗談めかして触れてみると、しっかりとした硬さが指先に伝わった。

「すごい。鍛えてるの?」
「仕事で勝手についただけです」

照れたように笑う顔が、妙に愛しかった。

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