3年後のふたり

・作

夫を亡くした松子は夫の49日の日に義兄の悟から愛を告白される。が、夫を失ったばかりの松子には悟の言動が無神経にしか思えずひたすら激昂することしかできなかった。そんな松子に悟は「3年間待つ。3年経ったらまた来る」と告げる。言葉通り3年後に悟は松子を訪ねてきた。松子を求めてきた悟に対して松子は---。

子供たちが帰った後の、その子らの熱の少し残った、乱雑な部屋の空気の感触を、松子は愛していた。

平机を拭いていると廊下をこちらに向かってくる誰かの足音が聴こえて、この書道教室に忘れ物をした子供のものかと思ったが、それにしては違和感があった。

その違和感は襖が開かれて分かったのだが、子供のせわしない足音ではなく、大人の、男のもので、そこに立っていたのは。

「悟さん」

亡き夫の兄である悟。

彼は襖を閉めるとすうっと部屋の空気を吸った。

「墨のいい香りがする」

「さっきまで習い事がありましたからね。今日はどういったご用件で?」

「ひどいな。忘れたんですか」

「はい?」

悟は松子のそばにかしづくように座ると言った。

「約束の3年が経ちました。僕は待ちましたよ。あなたは……どうですか?」

「え、あ!」

悟はふっと笑うと松子をふわりと抱きしめた。

「ごめんなさい。わたし」

「忘れていましたか。仕方ないか。約束というか一方的な申し出でしたものね」

松子の鼓動が速くなる。

男の腕に抱かれるのは、3年ぶり。

*****

3年前、悟は言ったのだ。

あれは夫の49日の法要の日。

すべてが落着して、松子がひとりになったところに悟がやってきたのだ。

「横紙破りのことを言います。松子さんのことが好きです」

夫を失って間もない。
あまりにも非常識だと松子は憤然として二の句も告げられなかった。

「非常識なのは承知の上です。でもどうしても気持ちを伝えておきたかった。一番間の悪い時だからこそ冗談ではないと分かってもらえるかと思ってね」

「わかりませんよそんなこと。信じられない。悟さんがこんな人だったなんて。ただただあなたが常識のかけている方だと思い知るばかりです。私は夫を失ったばかりの身ですよ。いまは何も考えられません。あなたのこと良い人と思っていたのに……」

「こんなことに、いいやつも悪いやつもいません。ただ愛しいという気持ちがあるだけだ」

「悟さん……」

「3年」

悟は突然切り出した。

「では3年待ちます。3年経って、あなたがひとりでいて、僕を受け入れてもいいと思ってくださるなら、その時は……」

*****

「松子さん」

悟の抱擁に松子は逆らわなかった。

男の腕の中の心地よさに逆らえなかったと言ってもいい。

悟はゆったりとした動作で松子からからだを少しはなす。

「受け入れてもらえるととらえていいんだろうか」

松子は答えられない。

彼女はショックを受けていた。

3年。

ひとりでよくやれていたと思っていたのに。

男の抱擁に思い知らされた。

自分が激しい飢餓感を抱えていることを。

悟の顔が近づいてくる。

松子は目を閉じた。

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