死にたがりの黒ずきんと銀の人狼

・作

時は中世。小さな村で迫害されて育ったローザはたった一人の身内の母の死に絶望して魔物の棲む森に足を踏み入れる。彼女は銀の毛を持つ人狼に捕らえられて…。食われるか殺されるかと恐れるローザに対して、人狼は意外な態度をとる。「ローザ、俺の子を孕め」

時は中世。寄り添うように立ち並ぶ村があった。

その村は広大な森に囲まれ、森には化生のものがうごめいていた…。

そんな昔のことである。

*****

黒いフードを着た女がひとり森に足を踏み入れた。

彼女の名はローザ。

ローザはいま、森の穴ぐらの隅でしゃれこうべに囲まれながらふるえている。
 
 森の怪物につかまり根城らしき穴ぐらに引きずり込まれたのだから。

 怪物は大きな獣の耳を生やし、長い銀の毛が、穴ぐらに吹き込むかすかな風で揺れている。

金色の目の視線はローザから決して離れることなく、時折口の端から長い犬歯がのぞく。

巨大な狼だ。

 その狼は今は二本足で立っている。

人狼と呼ばれる化け物だ。ローザは人づてに聞いたことがある。 

この化け物はたわむれにひとを殺し、腹が減るとひとを喰らうという。

私はどちらになるのだろう。穴ぐらの隅に転がる人骨に目をやりながらローザは思う。

 「女」

狼が声を出した。ローザはびくりと肩をすくめた。低く力強い若い男の声だ。

「この森にひとり入ってくるなど死ににくるようなものだ。おまえの目的はそうか」

「…はい」

震えながらローザは答えた。

「ほう。なぜ死にたい」

「…母が死んでひとりぼっちになってしまったからです」

ローザはうつむいた。

「女、こちらを見ろ」

「は、はい」

「ひとりとはどういうことだ。村には人間がうろうろと群れをなしているではないか」

「私の身内は母しかいませんでしたから」

ローザはきゅっと口を引き結んだ。

 「母と私。二人で寄り添って生きてきましたから、母が死んだらこの世でひとり、なんです」

「男は言い寄ってこないのか。おまえたちの世界の男も若い女にはがっつくであろうに」

人狼は少し楽しそうに言った。

 「…母の死後私を後添いにと領主様が申し出てくださいましたが…五十近くも離れた男です。それはあまりにみじめで」

無口な自分が不思議と言葉をつなげていられる。相手がひとならざるものだからだろうか。

人狼は長い爪で土の床をカツカツとたたいた。

「おまえからは生娘のにおいがする。生娘は好物だ」

「では…どうぞお食べください」

 ローザは覚悟を決めて目を閉じた。

「その前に、立て」

「はい?」

「立ってローブを脱げ。よく顔が見たい」

「あ。お許しくださいませ。どうぞ、それは」

 風が吹いた。

 気が付くと人狼が目の前にいた。

毛におおわれた長い耳がひくひくと揺れている。
 
長いマズルから漏れ出る鼻息がローザの鼻にかかる。

男はローザのフードを脱がせた。

ローザはとっさに右ほおを隠そうとした。

「おお、なんと」

人狼はそこで言葉を切った。

そのあとに続く言葉をローザは知っている。

なんと醜い、だ。

ローザの顔には生まれつき大きな赤いあざがあった。

それはからだの半身まで覆っていた。

ローザが男に相手にされなかった理由だ。

村人にも嫌われていた。

母だけが彼女を愛してくれたが、その母もいまは村のはずれの墓穴の中。

「なんと美しい」

「え」

ローザは人狼の意外な言葉に声を上げた。

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