泣かせて溶かしてお召し上がりください

・作

会社では『氷の女王』と呼ばれている千早は実は涙もろい。マイブームの映画館のレイトショーで泣いてるところを、偶然来ていた同期の神尾にスマホで撮られてしまって。その口止め料はなぜかホテルで泣ける映画を見ること。ちょっとしたはずみでいい雰囲気になって…

「企画見ました。修正点は印付けてます。コスパ対策ですが、過去のを参考にしてください。資料は共有フォルダに入れておきます。後で確認してください」

「はい…、主任」

企画書を返し、共有フォルダにデータを入れる。仕事を初めて5年。20代も後半戦。ずっと憧れていた文具メーカーの企画課に配属されて、昇進もできた。後輩たちは裏で私の事をこう呼んでいる。

『氷の女王』

と。可愛げがなくて冷たい女だということだろう。
そんな私のマイブームは会社からちょっと遠い劇場のレイトショーだ。レイトショーは少し料金も安く、金曜日は古い名作映画のリバイバルをやっている。以前取引先の挨拶に来た時に知って、息抜きに観に来たのをきっかけに一人映画と映画鑑賞の楽しさに目覚めてしまった。それ以来金曜日は劇場にたびたび足を運んでいる。
今日は有名だけどまだ観たことがない洋画のリバイバルだ。

*****

仕事終わり、家とは逆方向にある劇場。小さい劇場だから人が少ないのもいい。知ってる人に会うことがない。
今日の映画もよかった。古いイタリアの映画だけど、悲しい話でぽろぽろ零れる涙をハンカチで拭う。
カシャッとカメラの音がしてパッと顔を上げると、横で同期の神尾君がスマホのカメラを向けていた。

「へー、早乙女ってこんなベタなので泣けるタイプなんだ」

「か、神尾君?なんでここに?」

小憎たらしく笑いながら、泣き顔の写真を見せられる。

「可愛い泣き顔写真ゲット。もっと大っぴらにしたら?今の3倍はモテるよ?」

「ほっといてよ!大体なんでこんなとこいんのよ?」

「ここ地元で、友達と飲む約束してたんだけどドタキャン。レイトショーなら間に合うかなって。もう始まって5分くらい経ってたけど」

そういえば序盤の序盤に誰か入ってきてたな。席が遠かったから気にしてなかったけど。それが、まさか会社の同期なんて。
神尾君、営業課の同期入社。研修中は同期みんなでご飯いったりしてたけど、昇進やらなんやらで忙しくなり最近は時々社内で顔を合わせる程度だった。

「肖像権の侵害ってやつじゃない?今、この場で、消して」

「なんで?消さないよ?可愛いじゃん。見せないよ、誰にも。俺だけ知ってる秘密にしといたげる。その代わり口止め料欲しいなぁ…」

「なんかおごるわよ。その代わり、誰かに言ったら許さないから」

口止め料とかいい性格してるわ。でも背に腹は代えられない。

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