ワンコ系ドMホストの枕営業
久しぶりに歌舞伎町のホストクラブを訪れた元ホステスの千景。そこで新人ホストの伊澄(いずみ)に枕営業を持ちかけられる。アフターの食事もそこそこに切り上げてラブホテルに入る千景と伊澄。千景はすぐに伊澄がドMと見破り…。従順なワンコ系男子はお姉様のテクニックに翻弄される!
食欲旺盛、天真爛漫。
ほどよくついた筋肉、健康的な小麦肌。
犬に例えるならゴールデンレトリバーってところだろうか。
「これがワンコ系男子かぁ…」
オムライスを勢いよくかき込む伊澄を見ながら私はつぶやいた。
「なにか言いました?」
口の端にケチャップをつけたまま伊澄が顔を上げた。
大きな黒目が私を捉える。
あまり寝ていないのだろうか、目の下にはうっすらとクマができていた。
「なんでもないよ。他にも頼む?」
私はタバコを消すとメニューを手に取った。
歌舞伎町の喫茶店は早朝でもしっかりとした食事を出してくれるところが多い。
現役時代、私もアフター帰りにこの喫茶店によく通っていた。
スカウトマンや同僚のホステスと酔っ払って喧嘩したっけ。
「もうお腹いっぱい、ごちそうさま!」
伊澄はニカっと笑うと、米粒ひとつ残っていない皿を重ねた。
「いいのよ、これくらい。見ていて気持ちがよかったわ」
私はメニューを置き、改めて伊澄を見た。
濃紺のスーツに黒いシャツ。
光沢のある細身のネクタイを緩ませて、いやらしく胸元を崩している。
それでも清潔感を損なわないのは彼の整った顔のせいだろうか。
もしくはフェロモンというにはまだ未熟な年齢だからかもしれない。
年は20歳と聞いていたが、実際はもっと幼く見えた。
「千景さんは食べないの?」
「こんな時間に食べないわよ。女は30超えたら水を飲んでも太るの」
「へへっ、十分細いのに。ギュッてしたら壊れちゃいそう」
年齢には触れず、伊澄はイタズラっぽく笑った。
ホステスを引退し昼の世界に身を置いて10年。
立ち上げた会社がようやく軌道に乗り始め、多少贅沢もできるようになった。
デートする男はそれなりにいたが恋には至らず、ホステス時代にこじらせたのは金銭感覚ではなく恋愛観だったと30を超えてようやく気づいた。
「口が上手いわね。さすがホスト」
「褒め言葉としてありがたく頂戴します」
伊澄は嫌味のない笑顔でペコリと頭を下げた。
水商売の男は嫌いじゃない。
彼らの一部は非常に賢く、一般男子に比べて礼儀と引き際をわきまえている。
「ねぇ、伊澄クン…」
私は彼の唇に手を伸ばした。
人差し指で厚みのある下唇をズル…ッと撫でる。
伊澄はピクッと肩を揺らし、それから二、三度速い瞬きをした。
「ケチャップ、付いてる」
「…今のすげぇドキッとした」
「ふふ、かわいい」
私は唇から手を離すと、伝票をつまんで立ち上がった。
こんなに可愛い新人ホストがいるなんて歌舞伎町も捨てたもんじゃない。
それに随分と仕事熱心な男だ。
「伊澄クン、そろそろホテル行こっか」
私に枕営業を持ちかけるほどに…。
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