ディア・マイ・レイディ!

・作

テレビに夢中で、自分にまったく構わない未緒をおもしろくなく感じた誠志郎は、未緒にちょっかいをかけ始める。それでも未緒はテレビから目を離さない。テレビから目を離さない理由も誠志郎にとってはおもしろくなく、誠志郎は未緒が自分に構うように策を講じる。

リビングに入ると、ふわりと柔らかく淡い香りが誠志郎の身体を包んだ。

タオルで髪の水滴を拭き取りつつリビングを進むと、ソファの上で未緒がテレビを見ながら、髪を乾かしていた。

温風に乗って、さらさらと長い髪がなびく。風に煽られるたび、甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

ふわふわといい心地だ。誠志郎は機嫌よく猫撫で声で未緒に、ねえねえと声をかけた。

けれど、返事がない。

ドライヤーをかけているせい、というのもあるだろうが、未緒はテレビに釘付けで、誠志郎が来たことにすらまったく気がついていない。

上機嫌に鼻歌など歌っている。

誠志郎は自分の存在を気づかせるようにわざと、どっかと未緒の隣に腰を下ろした。

「いー香りだね。おれ好き」

背中まですっぽりと覆う未緒の長い髪を指に絡ませて、くるくると遊ばせる。

「んー?」

「シャンプー!いい香りだね」

ありがとー、と未緒はどこか明後日のほうを見て返事をする。

「髪、長いの好き。お姫様みたいで」

返事なし。

心にわだかまりが残りつつも、誠志郎はつんと口を尖らせるだけで言葉には出さなかった。

*****

未緒は髪を乾かし終わってもずっとテレビに夢中だ。

せっかく、久々に二人きりなのに?おれよりもテレビを優先するわけ?

と、誠志郎の中でむくむくと不満が大きくなる。

誠志郎は未緒の髪に手ぐしを通しながら、あからさまにぶりっ子して、こそこそと耳打ちした。

「なに観てんの」

「シッ、今いいとこ」

跳ね除けられる。

効果はないようだ。

「はぁ?」

あからさまにムッとして、誠志郎も睨みつけるようテレビに目を移す。

買い替えたばかりの4Kのテレビには、スカした顔をしてギターを掻き鳴らす誠志郎の姿がでかでかと映し出されていた。

「おれじゃん」

「そう!この前のライブの様子が、番組で取り上げられるって聞いて!ほんとに映ったぁ」

未緒は胸の前で指を組み、感涙に声を震わす。

「はあ?いや別にテレビ出んの初めてじゃないじゃん。Nステにだって出てんでしょ…」

「そうだけど…、やっぱ嬉しくなっちゃうっていうか……はぁ……やばぁ画質よすぎ」

テレビの中に誠志郎に、きゃーきゃーと未緒は歓声を上げる。

誠志郎の不機嫌は最高潮に達していた。舌打ちの一つでも鳴らしそうな顔である。

未緒はまるで気づかず、楽しそうに誠志郎の袖を引っ張る始末。

「かっこよ……。私、ここのこれ好きなんだよね……この台詞……」曲に合わせて口ずさむ。「ふん、ふふ、ふーん…『ご命令を!お嬢様!』」

未緒がうっとりと、頬を紅潮させる。

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