窓際のアルストロメリア (Page 3)
私は、まだ酔った状態なものの、確かな足取りで目的の場所に向かった。
風合いのあるビンテージの屋根が美しい、野田圭介が経営する花屋。
いつもは色とりどりの花が路面のワゴンに敷き詰められているが、深夜1時を過ぎており、人気のない道は閑散としていた。
コンコン。
ドアをノックすると、中から音はするものの、数分待っても反応がない。
扉を押すと、それはすんなりと開いたため、私は恐る恐る中に足を踏み入れた。
「野田さん…?」
「かよちゃん?!どうしたの、こんな時間に」
急に現れた私の姿に驚き、彼は手に持っていた花束をばさりと床に落とした。
私は、酔った勢いで、ポツリと言葉を紡いだ。
「アルストロメリア、なぜくださったのですか?」
様子がおかしい私を不審に思ったのか、彼は私の手首を優しく掴む。
彼の手は、先ほどまで花を触っていたせいか、少し濡れていた。
私の表情を見ると、酔っているとわかったのか、いつもの調子で笑顔をこぼした。
「かよちゃん、お酒飲んで酔っ払って、俺に会いたくなっちゃったの?」
そう言うと、ちょっと待ってて、と部屋の奥に消え、冷えたペットボトルの水をとってきた。
口をねじり、緩めた状態で私に差し出す。
「何があったのか、言ってみて」
彼はいつもの柔らかさを残したまま、少し真面目な表情になり、私の目を見た。
私は、酔っていることもあって、自然と言葉が溢れ出る。
どうして、みんな外見ばかりを褒め、私の内面に対しては見向きもしてもらえないのか。
どうして、私はいつもこんなことばかり繰り返しているのか。
今までの出来事を勢いに任せて吐き出していた。
彼は、時折頷いたり、時折私の肩をさすりながら、温かい目でずっと聞いてくれていた。
そうして、彼は、私が話し終わった後に、こう言った。
「かよちゃんは、自分をもっと大切にして。外見が好きって言われたら、その人のことを好きになるの?それは自分で選択することを放棄しているだけだよ。人に内面を見てもらって好きになってほしいなら、内面を見なきゃ」
彼は、ふぅ、と一息つくと、再度私の目を見た。
「僕は、初めて出会った時から、君を見ていたよ。会社と契約が決まって初めて搬入をしに行った日に、僕みたいな男にも、丁寧に接客してくれたし、目の前の通りが見えるから、かよちゃんが人より早く会社に行ってる、几帳面なところも見てる。落ち込んでいる後輩を慰めている優しい姿も見たよ。そして、今、自分の容姿に自信があって、強がっているように見えて、本当は自分に自信がなくて、弱いところがある部分を見れた」
私は、彼の目をじっと見る。
その目に何の嘘偽りがないということが手に取るようにわかった。
彼はよく人の内面を観察していて、こんなにも心が温かい。
胸がキュッと締め付けられるのを感じた。
自分で選択し、好きになるというのはこういうことなのか、と私はその瞬間に思ったのだ。
「好きです」
初めて紡ぐ言葉を、思ったままそう伝えると、彼は柔らかく微笑んだ。
嬉しい、と私に近づくと耳元で囁く。
囁かれただけなのに、耳がゾワゾワとした感覚になった。
彼は、私の様子を見て、いつもとは違った意地悪な笑みを浮かべると、私の鞄を片手に持ち、そのまま私の手を引いた。
「おいで。さっきまで自分の体を傷つけるようなことしたんだから、僕が上書きしてあげる」
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