雇用主は、突然に

・作

景気の悪化で職を失った京子は、男性経験が浅いものの、風俗店で働くことを決意する。研修もまだ受けていないのに臨時でご指名いただいたのは、VIPな年上のお客様、神城(かみしろ)だった。彼の指示に必死に応える京子だったが…。

「残念ですが、うちも経営状況がギリギリなので、申し訳ないですが…」

スマホの奥から、声色ひとつ変えずに淡々と話す女性の声が聞こえる。

これで何社目だというのだろうか。

不況により先月職を失った私は、新しい仕事を探していた。

自分の保有している資格を生かせる業種が不況に陥っているため、どこの会社からもよい返事は貰えず。

両親は既に他界した私は頼るあてもなく、日に日に厳しくなる現状に精神的に追い詰められていた。

「最後の手段に出るしか、ないのかな…」

寝不足の目を擦りながら、私は身支度をしてとある場所に向かうことにした。

「高橋京子さん、28歳、と。はい、これで雇用上の書類は問題ないですね。あ、ちなみに経験人数は今までどのくらいですか?」

茶髪のスーツを着た男性が書類の資料をめくりながら、質問を投げかけてくる。

「5人くらい、です」

「性行為のご経験が豊富という訳ではないんですね」

「はい…。あの、そのような場合でも大丈夫なのでしょうか?」

「そうですねぇ。プロポーションと顔立ちが綺麗なので、新人研修でガッツリ学んでいただければ大丈夫ですよ」

男性はそう答えると、横にあった黒い紙袋を差し出してきた。

「早速ですけど、これに着替えてください。サイトに載せる用の写真を撮りたいので」

プルルルルル…

彼は、鳴り出した電話を取りに小走りをし、トイレは奥にありますから、とだけ言って受話器を取った。

私は指示通りにトイレで彼から渡されたランジェリーを身につける。

私がついに決心したのは、風俗店で働くという選択肢。

体にまとわりつくレースの生地を眺めながら、私はひとつ溜息をついて、先ほどの男性の元に向かった。

「着替え終わりました」

「あ、まだサイトにも載せていない、研修もしていないド新人の子とかでいいなら。…え?いいですか?じゃぁすぐにご用意いたします」

電話を切った男性は、バタバタと後ろの戸棚を開けると、そこから車のキーを取り出す。

そして、私の方をみると、にこりと笑った。

「京子さん、凄いラッキーなことにお客様が入られました。しかもVIP。研修のために予定を空けられていたと思うので、この後問題ないですよね?すぐに向かいましょう」

「え…?研修を受けなくても?え、というかこのランジェリー姿はどうすれば」

「あぁ、コートを上から着ていただければ大丈夫ですよ。神城(かみしろ)様はきっとそういったのもご趣味だと思いますのでね」

彼は急ぐように私のコートをハンガーから外すと、私の肩に手を添えながらそのまま駐車場へと誘導する。

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