雨の日の足音

・作

アキは独身で孤独なバリバリと仕事をする社会人。ある日の帰り道、瀕死の状態の黒猫を拾う。その黒猫は死んだ最愛の猫にそっくりだったのだが、次の日の朝目覚めると、青年の姿になっていた。不思議な猫との日々に溺れていくアキだったが…。

私は、その日酷く酔っていた。

大きな商談が終わり、自分の提案した案件が通り、上機嫌だったのだ。

ふらつく足元に、9センチのピンヒールは酷に思え、その場で靴を脱いで手に持った。

水たまりの冷たい感覚が、火照った足には心地よかった。

いつもと同じ帰り道。家のすぐ近くの公園からは、雨上がり特有の、湿った匂いがした。

もう終わりかけの紫陽花が、花びらの先端を茶色く染めている。

ふと、その紫陽花の株の根元に、黒くて丸いものがあることに気がついた。

私は、手に持っていたヒールを地面に置くと、恐る恐るその黒い塊に手を伸ばす。

本来であれば温かいはずのそれは、雨に濡れて酷く冷え切っていた。上下する腹を見ると、生きてはいるようだ。

私はその日、酷く酔っていたのだ。33歳にもなって独り身の私は、何かに手を差し伸べたかったのかもしれない。

両手で黒いその艶やかな猫を抱え、足早にその場を去った。

置いたままのピンヒールのことも忘れるくらい、彼の様子が気がかりで堪らなかったのだ。

 

その夜、私は夢を見ていた。

黒くて艶やかなその体はしなやかに私の目の前で伸びをし、凛とした表情で近づいてきて、私を深い茶色の目で見つめる。

彼は、去年の雨のシトシトと降る日に命を落とした、私の最愛の猫、ネロだった。

その彼が、私の唇を舐めている。

それは生暖かく、艶かしかった。

そしてとてもリアルに感じた。

ゆっくりとなぞるように唇の輪郭を舐め、間から舌を割り込ませる。

そこで、自分のこの感触が夢ではないことに気がつき、驚いて目を開ける。

そこには艶やかな黒い髪をした1人の青年がいて、私に覆いかぶさっていたのだ。

明らかに私よりも若い印象だった。

「ネロ?ネロなの?」

私は動揺を隠せず、わなわなと震えながら彼を見上げて問いかけた。

彼は、人間の形をしているものの会話ができないようで、茶色の深い色の目をこちらに向け、首を傾げた。

「どうして、人間の姿に?」

私の問いに答えず、より深く唇を押し付けた。なぜ、こんなにも唾液が甘いのだろう。

びくり、と体が震えると、彼が唇を離した。そこには、先ほどよりも欲情の色を隠せない目があった。

彼は私の手首を掴むとそのまま体重をかけて、再度ベッドに縫い付けるように押し付けた。

そして、そのまま私のスウェットの隙間に手を潜り込ませた。

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