あなたの旦那、借りてます
旦那に隠れてベランダで煙草を吸うのが習慣になっている。あるとき、隣のベランダで同じく煙草を吸う人影が…それはお隣のご主人だった。他愛もない話をしているうち、徐々に仲を深める2人は、ついに一線を越えるのだった。
ふぅー…。
深く煙を吐き出し、ベランダの手すりにもたれかかる。
今日も疲れた体に煙草が染み渡る。
―――
ここは都内の高層マンション。
旦那は一流企業の部長補佐。
一方の私は、週3日パートに出ているが、後はずっと家にいる、ごく普通の主婦。
このご時世、なんて贅沢なご身分だと言われるかもしれない。
しかし、私の心はいつまで経っても満たされない。
旦那は激務で毎日帰りが遅い。
それに加えて機嫌が悪い。
私はご機嫌を損ねないよう、上手く立ち振る舞うことに徹する日々。
パート先の人間関係も煩わしい。
そんなに人の家庭事情が気になるのかしら?
正直、放っておいてくれないか。
東京に来て5年。
友達と呼べる人はほぼいない。
旦那は話を聞いてくれない。
寂しい。
孤独。
助けて…。
そんな時だった。
ベランダで彼と出会ったのは。
退屈な毎日に嫌気がさし、煙草で寂しさを誤魔化すようになった私は、夜になるとよくベランダに出ていた。
ある日、隣のベランダにも同じく煙草を吸いに出てきた人がいた。
お隣のご主人だ。
私は慌てて煙草の火を消して、部屋に戻った。
旦那にバレたら面倒なことになるのは目に見えている。
その後も、度々ベランダで鉢合わせることが多くなり、毎回避けるのにも無理が出てきた。
その日は諦めて、煙草を吸いきることにした。
―――
偶然か必然か、私が煙草を吸う度にお隣のご主人はベランダに出てきていた。
お互い、存在には気付いている。
次第に気まずく感じていたのは私だけだろうか。
「煙草、吸われるんですね」
突然、声をかけられた。
もう逃げられない…か。
「えぇ…、でも主人には黙ってていただけませんか?」
「もちろんですよ。安心してください」
「近藤…さんも、吸われるんですか?」
「いえ、僕は風に当たりに来ているだけで…」
ハハッ、と乾いた笑い声に続けて、
「在宅勤務なもので、家にこもりっぱなしはどうも息苦しくてね…」
この日を境に、近藤さんとベランダで鉢合わせる度、煙草を1本吸い終わるまでの短い時間ではあるが、世間話をするようになった。
毎日満たされない思いを抱えていた私にとって、このベランダでの時間はとてもかけがえのないものになっていた。
レビューを書く