ワンコ系御曹司は私をご所望のようです (Page 2)
「お疲れ様でした」
本日の業務も滞りなく終了。何の飾り気もない黒のバッグに荷物を詰め込み、それを肩に掛ける。
その時、急に庶務課がザワッと騒がしくなった。
「久遠主任じゃん!こっちに何の用だろ?」
「相変わらず、芸能人かってくらい輝いてるねー」
「しかもゆくゆくは社長でしょ?いいなぁ、一回でいいから抱かれたい」
シュッシュッシュッ、そんな音と共に急に辺りが香水くさくなった。
「…げ。早く帰ろ」
みんな大好き久遠旭(クオンアサヒ)が、私は大嫌い。
外国人みたいな艶のある端正な顔立ちに浮かべられたドヤ顔、イラッとする。
久遠旭は、この会社の会長の孫。現社長の甥にあたる人物だ。社長には娘さんしかいないので、ゆくゆくは彼がこの会社を継ぐのではともっぱらの噂。
彼自身もまた、私のように自分の市場価値をしっかり理解している。
それゆえに、ワガママやりたい放題。社内中の女を食いまくり、口八丁手八丁で上手く言いくるめる。
元々、そういう才能があるんだろう。最低クズ野郎なのに、なせが社内では絶大な人気を誇っているのだ。
「あー、ちょっとごめんね。俺今日住原さんに用あってさぁ」
ヤツの口から聞こえた自分の名前に、ギクッと体が跳ねる。
思わずバッと顔を逸らしたけど、時既に遅し。
気がつけば、雑誌のモデルかよって突っ込みたくなるほどにスーツ姿が映えてる久遠旭が、私の目の前で甘い笑みを浮かべていた。
「ねぇ、待ってってばぁ」
「嫌です、待ちません」
「今日こそメシ行こうよ住原さん」
「お気遣いは結構です。お疲れ様でした」
あれからヤツをすり抜け、女子社員達の突き刺すような視線をかいくぐり無事に庶務課を出てきたのに。
「待ってってば。お願いだから、この前のお礼させてよ。ね?」
とんでもなくしつこいこの男は、長い脚でいとも簡単に私に追いつき、後ろから手首を掴んでくる。
ホント最近、ずっとこの調子だから正直かなり参ってる。
「だから、お礼なんていりませんって」
足を止めてうんざりした顔を向けても、全く気にしてない様子で笑ってる。
「俺、君に助けられたあの日、運命感じちゃったんだよね。住原さんだって、そうでしょ?」
「違いますし、知りません。そんなもの、私相手に感じないでください」
「冷たいなぁ。けどこの俺相手にそんな態度取れる住原さんに、ますます興味わいちゃうなぁ」
「…」
冷たくされて興味わくって、一体どんな思考回路してんだ。
あれか。チヤホヤされてきたイケメン特有、漫画じゃ鉄板の「おもしれー女」展開か。
それか、かわいくてキレイな女子を相手にしまくってきたから、たまには地味系にも手出してみようかなー、って?
冗談じゃないっての。ていうか私より歳下のくせに、やたら馴れ馴れしいし。
「久遠主任」
「ん?」
「私のことは気遣っていただかなくて結構ですので、どうか構わないでくれませんか?」
「じゃあ、今から一緒にご飯行ってくれる?」
「…あの、私の話聞いてます?」
「一回だけ。一回だけ付き合ってくれたら、もう言わないから。ね?」
両手を合わせて、上目遣いでお願いしてくる。顔がいいって、ホント得だわ…
「…本当に、一度だけですか?」
「ホントホント!約束するよ」
「…分かりました」
深い溜息と共に、私はそう口にする。パァッと顔を綻ばせてめちゃくちゃ嬉しそうな久遠主任を、冷めた目で見つめた。
一回ご飯行ったらもう話しかけてこなくなるなら、その方がいいよね。
まぁ、久遠主任だって私なんかとそう何回もご飯なんて行きたくないだろうし。
「じゃあ、行こう住原さん!」
「ちょ、手離してくださいっ」
抵抗虚しく、久遠主任は嬉しそうに私の手を握ったまま歩き出した。
レビューを書く