今夜、僕に時間をください~満月の下で~

・作

メガネをかけて路上でライブをする樹原華。ライブの片付けをしていると気になっていた男性、宅配員の佐々木豊に「お話ししたいんですけど…」と声を掛けられる。豊と歩いていると急にビルの狭間に連れ込み華にキス。驚く華、焦れる豊。華を連れて誰もいない満月の海に行き…。

路上ライブをしていた華はメガネ越しに、自分のアコースティックのギターケースを肩に掛けて話す豊を見つめて歩いていた。

「華さん?聞いてます?」

「あ…すいません」

初めて宅配の荷物を持ってきたときから気になっていた男性。今日名前を知った、佐々木豊。

数時間前の夕方、マンションで初めて挨拶をした。

hanaとしてのライブを終えて華に戻りつつあるとき、声を掛けてきたのが1時間前。

「あのーすいませんhanaさん…やっぱり!樹原さんですよね?今日、配達した佐々木です」

豊は、ギターケースと荷物を持ち上げると、口を開けて驚いている華の顔を見ていった。

「このあと…用とか…ありますか?」

「え?あ、えっと、ないです…」

突然の連続で、華の胸の鼓動は速くなり、ズレていたメガネを上げた。

「あの…お話したいんですけど…ダメ、ですか?」

「あ、はい…だ、大丈夫です」

そんな1時間前のことを思い出しながら、今、笑顔で華の荷物を持つ豊と、繁華街を抜けて静かなビル街を歩いている。

「…やっぱり僕…怪しいですよね?いつもhanaさんのライブ人多いし…」

「いつも来てくれてるんですか?」

豊は立ち止まると、ボトムのポケットからカードの束を出した。

「前に荷物を配達したときの帰り偶然見てから…。あの…このカード、楽しみにしてるんです。樹原さんの荷物届けるとき…」

それは、華の部屋の玄関横に受け取り用にしている椅子の上に置いている、『いつも宅配ご苦労様です。暑い時期になりますのでお体気を付けてください』と書いたカードだった。

「え?何で…」

華が、次の言葉をいいかけた瞬間、豊は手を取ってビルの隙間に入ると、華に顔を近づけてメガネが当たらないよう、軽く唇を重ねた。

「…謝るつもりないです…から」

街灯の灯りで豊の顔が紅くなっているのが分かった。

「佐々木さん…今日、初めて話しただけですよ?」

華はそういいながらも、自分も豊と同じ気持ちなことに気付き、手のひらをギュッと握り目を閉じた。

「ごめんなさい…私も、佐々木さんのこと初めて見たとき…」

豊は潤んだ目で、華が手を握り震えているのを見て、顔を近付けた。

「僕のこと初めて見たときから??」

「え?あの…佐々木さんのこと…」

「豊でいいです」

「急に呼び捨ては…」

顔を紅くした華を追い詰めるように、豊は言葉を重ねていった。

「あーもぉおお!じれったいです!!!」

豊は夜空に向いて叫ぶと、驚いている華から身体を離し手を握り締めて、隙間から抜け出した。

「ごめんなさい、佐々木さん…」

豊は、華の手を握り直し自分の指を絡ませた。

「今夜の華さんの時間…僕にください」

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