無条件幸福

・作

転職してはじめての飲み会=自分の歓迎会。双葉葵は会話を盛り上げたいと努めるも、空振り続き。緊張のあまり飲み過ぎてしまい、親友の三浦柚香と、気になる人、石野恭介と三人、石野の自宅へ…。

「あっ、可愛い。葵、グロス変えたんじゃん」

昼休憩に入るなり、柚香が私の顔を覗き込んできた。

「前のやつ、落ちやすかったから」

「そっかー。相手の唇に付いちゃうと、まずいもんねっ」

唇?わっ、キスってことか!思わず、返事が小声になる。

「…そんな予定はありません」

「えー、今夜、石野さんの動きに期待してるんじゃないですか、葵サン」

なぜか私につられて柚香まで声を潜める。午前中は納期が迫る業務に集中していた。喉がからからで気持ちは張り詰めていた。柚香のくるくる変わる穏やかな表情と、特徴のある可愛らしい声に、心が解れていく。柚香にとっては、コンプレックスらしい声。会議が熱を帯びて緊迫した雰囲気になっても、柚香の発言で場が和らぐと感じることが多い。

「どれどれ」

柚香が、私の唇に人指し指を置く。そしてアーモンド色のくりっとした目で、指の腹をまじまじと見つめる。

「すごぉーい、本当に落ちないね」

「プチプラ商品だよ?」

「えー教えて。教えて?葵にこのオレンジ系似合うよね。私に似合う色、あるかなぁ」

「あったよ」

「え?」

「あ、カラーバリエーション豊富だったから、比較的」

「ねね、飲み会の前に買いに寄れるかな?ぷるん、として可愛い。葵の唇」

「これ塗ったら誰でもなれるよ、いただきまーす」

「私にも葵が選んで?」

「いいよ」

私が今の会社に在籍して三週間。柚香の伯父の不動産会社で欠員が出て急遽試験採用に滑り込み、どうにか本採用。まだまだ気の抜けない時期で生活サイクルに慣れるだけで必死。そんな中、会社の飲み会にお誘いいただき、断ろうと思った。

「でも、葵の歓迎会も兼ねてるんだってよ」

幹事の石野さんに欠席希望を伝えよう、と決意していたのに、そう柚香に言われると断り切れず、ずるずると歓迎会の席に辿り着いてしまった。

*****

「うん、可愛い。やっぱり似合うね、コレ」

柚香の親指が、私の唇に触れる。ビクッと反応する私に柚香は甘く笑う。

「もちろん、食事の後は整えた方がいいけどね。後は…」

急に小声になった柚香が、私の耳許で囁く。

「キスの後だよね」

ローズピンクのグロスに濡れた柚香の唇。誰かに乱されたいのだろうか?なんとなく直視できずに、目の前のグラスを持ち、飲み干す。

「おっ。双葉さんは、乾杯を待てないくらいの酒豪なんだね?」

爽やかな石野さんの声に、私は自分が水ではなくビールに口をつけてしまったことに気付いた。

「あー、石野さぁん。ここ、葵と私の間、来てくださいよ」

「ちょっと、柚香」

私が石野さんをうっかり、かっこいい、と言ってしまってから。柚香は何かにつけて彼と私を接触させようと試みる。気持ちはありがたいので、強く断れない。

半年前に別れた男の女癖が最低最悪だったので、職場での恋愛は正直もうこりごりだ。仕事に集中したい、と柚香にも伝えている。「でも恋愛と限定せずに、素敵な人と会話をすることは人生のスパイスよ」と柚香は目をキラキラさせて語った。

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  • とてもえっちでよかったです

    まつばやし さん 2021年3月10日

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