犬猿の仲

・作

同じ会社に勤める彼氏、雄太と喧嘩別れした真子。今日も意味のない残業を繰り返していた。会社のエレベーターに乗り込んだら、まさかの元彼がエレベーターに乗り込んできた。内心戸惑う真子だったが、一階に到着すると雄太は真子へと手を伸ばした……。

誰もいなくなり暗くなった事務所の壁時計に目をやると、いつのまにか残業を始めてから二時間も経っていた。残業してまで急ぐ必要があった訳ではないが、定時で帰宅すれば会いたくない人に遭遇するかもしれないと思ったからだ。数日前に同じ会社に勤めている彼氏、雄太と別れてしまった。違う部署にいるとはいえ気まずい。

真子はこそこそと何をしているのだろうと自分が馬鹿らしくなり、パソコンの電源を落とした。気まずいからと必要のない残業をする自分に嫌気がさした。

「あーお腹すいた……帰ろう」

カバンを片手にエレベーターに向かう。その足取りは重い。別れた原因は他愛もないものだったはずだ。言い合いが激しくなり、もつれにもつれて結局別れてしまった。二人の時間がないだとか、雄太が社内で新人の女の子と楽しそうに話していたとか……可愛い痴話喧嘩だ。それなのになぜ、別れ話になったのだろうか。今となってはわからない。

彼氏だった雄太とは出会ってからずっと言い合いをしていた。馬が合わないのか、会社のみんなから犬猿の仲と呼ばれていた。それがどうなって付き合うことになったのか……。人生はわからないものだ。

真子は溜息を吐くと、到着したエレベーターに乗り込んだ。大半の従業員がいなくなったビル内は、驚くほど静かで暗い。一階のボタンを押すと、途中の階でエレベーターが停まった。どうやら同じように残業していた社員がいたようだ。

ドアが開くと、そこにはスーツ姿の雄太が怠そうに立っていた。真子がエレベーターに乗っているとは夢にも思わなかったようで、大きく目を見開いたまま声も出ない。真子は咳払いをして声を出した。

「お疲れ様です」

「……お疲れ様です」

こんな状況でも自然とあいさつの言葉が出た。その言葉で金縛りが解けた雄太はエレベーターに乗り込んだ。雄太は機嫌が悪いようで、真子を横目で見ては舌打ちをする。付き合う前の関係を思い出しながら、真子はまっすぐ前を見たまま無視を決め込んだ。エレベーターがぐんぐんと降りていく。どうやら他に利用する人間はいないようだ。

一階に到着すると真子は笑顔で会釈をした。一刻も早く立ち去りたかった。

「お疲れさまでしたー」

雄太の返事はなかったが、真子はそれでよかった。横を通り過ぎて颯爽とエレベーターを降りた……はずだった。

突然体が引き戻されるように宙に浮いた。気が付くと再びエレベーターの中にいた。そしてなぜか雄太の腕の中にいた。背後から抱きしめられているのだと気付くと、慌てて逃げようとした。

だが無情にもエレベーターの扉が閉まり、上階へと動き出した。いつの間にか雄太が上階のフロアのボタンを押していた。

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