今宵、いつものバーで
平日の夜、よく行くバーでひとりお酒を楽しんでいたら、次々としつこいナンパ……。ちゃんと全部断っていたのに、最近ちょっといい感じだったバーテンダーの雰囲気と笑みが黒くなり始めて、すべての客が帰った閉店後……。
「ねえいいじゃん、一緒に飲もうよ」
「ひとりで飲みたいので」
「女のひとり飲みなんてつまらないでしょ」
「いえ、これが好きなので放っておいてもらえませんか」
平日の夜、よく行くバーに足を運んで、お気に入りの席でお酒を煽っていた。
私が平日を選ぶ理由は、ただひとつ、ゆっくり飲めるから。
だというのに、今日は何があったのか、平日の割にかなり混んでいる。
賑やかなのはいいけれど、絡まれるとなると別問題。
せっかくの至福の時を邪魔され、あまつさえ価値観を押し付けられては、楽しい気分が台なし。
「一杯奢るからさ」
「結構です」
ぴしゃりと言い放ち、カバンに手を伸ばす。
早々に退散してしまおう。
気分が悪いし、せっかく最近いい感じになっていたバーテンダーさんにこんなところを見られるのも嫌だ。
そう思い指先がカバンに触れた時、低く這うような声が響いた。
「お客様、私の恋人が何か失礼をしてしまいましたでしょうか」
表情は笑っているのに、目が全く笑っていない。
恋人なんかじゃないけれど、さすがバーテンダーは頭の回転が速い。
そういうことにしておけば、ナンパ男はもう何も言えない。
「ありがとうございます」
そそくさと会計を済ませて店を出るナンパ男の背中を見送って、バーテンダーの彼に向き直る。
「いえ、それよりもう閉店時間なんですけど、この後ちょっといいですか」
もうそんな時間かと驚き腕時計を見ると、つまらないことにイライラしている間に日付は跨いでいた。
これでは明日の仕事に支障が出るけれど、まだ少しくらいならいいだろう。
新たにゾンビグラスへと注がれたパステルピンクに口を付けながら、私と彼の二人きりなのだと知る。いつの間に帰ったのか、店内には他の客や店員の姿がなかった。
「……」
心臓が早いのは酔っているからで、期待している訳じゃない。
否、やっぱり期待している、少しだけ。
「お待たせしました。ソファ席に移動しましょう」
「あ、はい」
椅子をテーブルに乗せ、床のモップ掛けを終えた彼の綺麗な指先が飲みかけのゾンビグラスを掴むから、半ば強制的にソファ席へ移動する。
ふかふかのソファに腰を下ろせば、膝が触れ合いそうなくらいすぐ近くに彼も腰を下ろした。
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