無条件幸福 (Page 2)

「二杯目、注ぎましょうか?」

さりげなく、箸とおしぼりと小皿を移動させながら、石野さんが私の隣席に着く。微かに、就業時に嗅いだことのない香りがする。距離の近さを感じ、真横を向けなくなる。

「お構いなく。水と間違えてビールをいただいてしまって。あまりビールは…」

「そうだったんだ。ごめんね、酒豪だなんて言って」

「いえ、好きなので」

貴方の匂いが、とは破廉恥過ぎてとても言えないので、冷静に言葉を継ぐ。

「お酒は」

「こらこら、言いながら俺のビール注いでる。双葉さん、そんな気ぃ使わなくていいから」

「はい…」

緊張と、自分のつまらなさが情けなくて、ついつい空腹のまま、お酒が進んでしまうのを感じた。

*****

冬を感じる冷気に肌が触れて気持ちがいい。職場の皆とは解散して人通りもない道。一気に自分の鎧が剥がれるのを感じる。

「気持ちいいー」

一人ふらふらと歩く私を、柚香が追って来てくれる。

「待って待って、葵。コート着ないと。風邪ひくよ?」

「柚香を着るーっ!」

お酒の力を借りて大胆に我儘になる傾向が私にはある。柚香は、酔った私の相手をするのは、慣れたもので優しく後ろから抱擁してくれる。

「柚香…いい匂い。石野さんもさぁ、いい匂いだったよ…ねぇ?」

「そう?嬉しいなぁ。俺コートは、いらないか?」

可愛いことを仰る…男の人の声…。

「いるーっ!」

「はい、どーぞ」

ぎゅーっと背中から抱擁される。小さな柚香の身長ではなく背の高い。

「わ!石野さん!…ありがとうございます、幹事お疲れ様でした」

「どういたしまして。楽しかった?」

私は黙って頷く。石野さんの抱擁が和らいで、私の腕を優しく掴み、自分に寄り掛からせる。あ…やっぱり…いい匂い…。

「石野さんに相談したんだけど、葵、ちょっと身体辛いんじゃない?このまま電車乗るのキツいでしょ?」

「大丈夫ですよーぉ」

ケラケラと笑ってみせるけれど、私の足元は覚束ない。

「俺んちね、ここからタクシーで近いのよ。少し休んでいったら?」

石野さんの声に一気に緊張して酔いが覚める。

「や、やや、そんな、いいです、大丈夫です。明日もお仕事でしょうし」

「明日、日曜だよ?俺のことも休ませてよ」

石野さんの笑顔も時々歪む。視界が少しヤバい。あーやっちゃった飲み過ぎた。

「ダメです、そんな、男性のお宅に」

「あ、安心して。三浦さんも一緒だから」

「葵のこと、心配だから。なーんてね。実は飲み足りなくて!あ、タクシー!」

柚香が手を挙げてタクシーを止める。

「すごっ。俺は寝るけどね」

石野さんがタクシーの助手席に滑り込む。行き先を告げる声も明晰で、自分だけがふわふわと酔っているのが恥ずかしい。

「はーい、寝てください」

後部席の右手に腰掛ける柚香が、私にもたれていいよ、と肩を示し、私はそれに甘えてしまう。

石野さんと柚香の軽快な会話が遠く心地よく響く。タクシーは閑静な住宅街に辿り着く。石野さんの逞しい腕にすがりつきながら、私の記憶はそこで途切れた。

*****

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1件のレビュー

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  • とてもえっちでよかったです

    まつばやし さん 2021年3月10日

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