ひ弱な彼が野獣に変わる夜 (Page 2)
数秒後。
(あれ…痛くない…?)
少しずつ目を開けて、状況を理解しようと視線を配ると、ギュッと力強い男性の腕に支えられ、広い胸の中にすっぽりと収まっていることに気付いたのだ。
「あっ…すっ、すみません!!!」
慌てて体勢を立て直すと、振り向いて頭を下げた。
「ちょっと、こっちに来て」
支えてくれた人は、強引に私の腕を掴むと、隣の給湯室に押し込んだ。
機嫌を損ねてしまったのかと不安になりながら、再度頭を下げ謝罪する。
「美紀ちゃん、顔上げて…」
想像していた声とは違う、優しい声が降ってきた。
その声の主は、ふんわりと私の顔を両手で包み込み、ゆっくりと視線が合うように、角度を変えてきたのだ。
懐かしい呼び方。
ぶつかる視線。
初めて正面からまともに顔を見た。
私を『ちゃん』付けで呼ぶ男性。
そして、この笑顔の持ち主はこの世にたった1人しかいない。
「た…拓実!?」
「美紀ちゃん、やっと思い出してくれた」
「なんで…ここに?」
「僕ね…今回のコンペの担当なんだよ」
「そう…なんだ……」
私は、あまりにも変わってしまった幼なじみとの急な再会と、プレゼンの緊張で頭が真っ白になってしまい、それ以上の言葉が見つからなかった。
口をパクパクしながら、立ち尽くしていると、
「美紀ちゃん、おでこ貸して…」
そう言うと、拓実は私の額と自分の額をくっ付けて、おまじないをかけた。
手に人を10回書いて飲み込むっていう、子供だましの古いヤツだ。
「緊張しやすい性格は変わってないんだね…美紀ちゃんの不安は、全部僕が飲み込んでしまったから、もう大丈夫だよ。何も心配しないで、行っておいで」
拓実は身体を離し、私の背中をポンと押した。
不思議と今までの緊張が、跡形もなく消えていくのがわかった。
(そうだ、私は1人じゃない。今まで、チームの仲間と闘ってきたんだ。私は、大丈夫!)
給湯室を出る直前に、振り返って拓実にお礼を言ってから出た。
足取りも軽く、大きく深呼吸をすると、意気揚々と会議室の扉を開ける。
視線の片隅には、優しい眼差しで私を見つめる拓実がいて、その存在の大きさに心がざわつくのを感じながら、無事にプレゼンを終えることができたのだ。
後日、私たちの案が採用されることが決定した。
コンペに勝った瞬間だった。
*****
レビューを書く