雨宿り、しませんか?

・作

退勤しようと会社から出た瞬間、突然の雨に降られてしまう。傘を持っていなくて途方に暮れていると、ある青年に声をかけられる。「あそこで雨宿りしませんか?」とラブホテルを指さす彼。「大丈夫、何もしないから」けれどもそんなことはなくて……

いつものように忙しない雰囲気のオフィスを尻目に、私は意気揚々とエレベーターのボタンを押した。なにせ今日は、久しぶりに定時での退勤。これから何をしようかな、なんて喜びに溢れてエントランスを出たところで、土砂降りの雨に降られてしまった。

「うわあ、最悪……」

「最悪ですねえ」

「え!?」

まさか独り言を聞かれてるなんて思わなくて、思わず声を上げてしまった。見ると、すらりした背の高いスーツのお兄さんがいて。彼も傘を忘れたのだろう、困ったように目尻にしわを寄せて苦笑していた。

 

彼はごく自然な仕草で私の腰に手を回し、そのままぎゅっと抱き寄せてきた。不思議と、嫌な感じはしなかった。

「ねえ、あそこで少し休んでいきません?」

「え、でも……」

彼が指さしているのは、見間違いでなければラブホテルの看板だ。驚く私に、彼は大丈夫ですよと優しく微笑む。

「別に何もしませんから。ただ、雨宿りするだけだから」

ね?いいでしょ?と言われるままに、私たちは向かいのホテルに駆け込んだ。

 

ちょっとの距離だったけれど、雨の勢いがすごくてびしょ濡れになってしまった。

「すっかり濡れちゃいましたね」

「ええ、もうびっちょびちょです」

「先、シャワー浴びていいですよ。このままじゃ風邪引いちゃうから」

彼の言葉に甘えて、私はシャワールームの扉を開けた。

 

温かいシャワーを浴びながら、どうしてこうなってしまったのだろうとぼんやり考える。少し自暴自棄になってしまっていたのかもしれない。実際仕事はうまくいっていなかったし、彼氏とも全然上手くいっていなかった。だから、こんな無茶な誘いに流されてしまったのかもしれないな、とふと思った。

 

すると、バスルームの扉が開かれる気配がして思わず振り返る。そこにはさっき会ったばかりの彼の姿があって。腰にタオルを巻いた彼は、にこにこと微笑みながらこちらに寄ってくる。まさか乱入されるとは思っていなかった私は、思わず身体を手で覆い隠した。

「ごめんなさい、待てなくて」

「え、あ……」

「でもお姉さんも、最初からそういうつもりだったでしょ?」

あなたこそ、と言おうとしたら、その言葉は互いの唇の間に溶けて消えてしまった。深いキスに、溺れるみたいにだんだんと意識がふわふわしてくる。息継ぎの暇も与えず口内を荒らしていく彼の舌は、激しいのに優しくて、気持ちよかった。

「んっ……ふ、ぁ……」

思わずあふれ出てしまう声を我慢していると、彼は突然唇を離してこう言った。

「悠太って呼んで」

「ゆう、た……?」

「そう。いい子だね」

そうだ。そういえば私は、今の今まで彼の名前を知らなかったのだった。名前も知らない人と、こうして裸でキスしているなんて普通はありえない。けれど……彼となら、悠太とならいいとすら思えた。

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