推し変したらとんでもないことになった。

・作

推しが結婚した。しかもデキ婚。お気に入りのカフェの店長さんにその悲しみをつたえると、「そんなに辛いなら、僕に『推し変』しませんか?」と、言い寄られてしまう。グイグイくる店長さんに絆されてしまい…?

私には『推し』がいる。中学生の頃から応援しているヴィジュアル系バンドのベーシストだ。残念な事にバンド自体はとっくのとうに活動休止していて、メンバーはみんなソロでちまちまと活動している。

そして今日、推しの公式サイトに『ファンのみなさまへ重大なお知らせ』というタイトルで配信されたメッセージがあった。

震える指先でリンクをタップし表示されたその内容は、活動再開でも解散でもなく『ベーシストが結婚しました』というものだった。お気に入りのカフェでお気に入りの晩ごはんを食べている幸せな時間は終わった。周りの目を気にする余裕もなく涙が出てくる。

「うぅ…っ!うぇぇ…どおしてぇ…ひぐっ!」

「…大丈夫ですか?」

顔をあげると店長さんがいて、心配そうな顔で私を見ていた。

「だっ、大丈…ぶ…じゃ…ないですうぅうううっ!うわあああああっ!」

一気に溢れ出した嗚咽は止められず、声をあげて泣いた。単純に泣いたというより、慟哭という表現の方が正しい。テーブルに突っ伏して泣き叫んだ。

推しと出会ってからの出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。推しの結婚は、これまで流してきたおめでとう!とか頑張ってね!という涙とは別の感情の涙をとめどなく溢れさせた。

「うぐぅ、ひんっ、うぉえぇっ、ヒデェ…っ!」

「あの、これどうぞ」

「ふぇっ?」

店長さんは紅茶とアップルパイをテーブルに置いた。ふわりと香る甘い匂いに、少しだけだったけど、なんだか心が落ち着いた。

「ダージリンの香りは心を落ち着けます。ダージリンにはアップルパイがよく合います。常連様へのサービスです。召し上がってください」

「あ、ありがとう…ございます」

店長さんはそのまま去るのかと思ったら私が掛けたソファの隣に座ってきて、

「もしよかったら、何があったのか話を聞かせてもらえませんか?」

「えと、その…実はですね…」

私は堰を切ったように推しへの想いを吐き出した。

音楽番組でデビュー曲を聞いたときの衝撃、お小遣いを握りしめてCDを買いに行ったこと、人気絶頂にも関わらずバンドの活動休止とソロ活動開始の発表された日のこと、握手会で5秒くらい直接話せたときの感動、そして…今日一般人女性と結婚したこと、お相手の女性のお腹には新しい命を宿しているということを伝えた。

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