私だけが知る、上司の夜の顔
尊敬している上司はとても厳しい人。そんな彼が、まさか私のことを好きだなんて。しかも、これでもかってくらいにとびっきり甘い。これって本当にあの上司なの?まるで王子様のようなエスコートに悶々としながらも、ついに迎えた初夜……。
「悪いがこの書類を頼めないか」
「……はい」
頼めないかと言いつつ、拒否権なんてあるはずもなく。
にっこり笑う社長の背後で、時計の針が定時を知らせた。
幸いそんなに難しい書類ではないようだし、これなら今夜楽しみにしていたドラマまでには帰れるだろう。
録画予約はしてきたけれど、やっぱりリアルタイムで観たい。
そう思っていたのに――
「七瀬、付き合ってくれないか」
「……はい、どちらにでしょうか」
一拍遅れたのは許してほしい。
とっくに定時は過ぎていて、与えられた残業だってあと少しで終わって帰れるところだったのだから。
「どちらに、じゃなくてだな」
珍しく言い淀む社長へ遠慮なく訝し気な視線を投げつけて、20時を回った彼の背後の時計を盗み見る。
残業していたのは社長と私だけだし、居酒屋にでも連れて行ってくれるのだろうか。
ドラマは残念だけれど、たまにはそういうのもいいかもしれない。
お酒の力を借りて、日頃の不満をぶつけるってのも、いいでしょう?
「交際を申し込んでいるんだが」
「はい。……え」
こうさい。
こうさいとは、なんだったろうか。
虹彩?
「七瀬、俺の恋人になってくれないか」
「……ちょっと待ってください社長」
弊社の社長は若くしてお父上の会社からこの子会社を作り、なおかつ急成長させたその人。
そんな人が、どこぞのホステスやスーパーモデル、社長令嬢じゃなくて、ただの一般社員である私に、交際を申し込んだ?
「付き合ってくれるよな」
ああ、またその笑顔だ。
綺麗に微笑んじゃって。
この笑顔に何度無茶な仕事を押し付けられてきただろう。
半ば条件反射で頷いた私を見て、社長は一層笑みを濃くした。
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