俺の上で乱れ咲き誇れ薔薇よ
「柔らかすぎて…おかしくなる。狂ってもいい?」画商勤務の渉(わたる)。懇意にしている画家、石附が事故に遭い車椅子となった。自分ができないことを、まだ潤いに満ちた自分の愛妻、茉莉子に注ぎこんでやりたい、という石附の希望に応えるべく、渉は石附氏のアトリエに出向く。
薔薇みたいな女だ。鮮烈に彼女の姿形は俺の脳に焼き付いた。
俺の職場のギャラリーの常設画家である、石附軍治氏の妻、茉莉子さん。
石附氏のアトリエで、肌見え指数80パーセントで横たわる、茉莉子さんを見て、不躾にも俺は視線を逸らすことができなかった。印象は変わらない。いや、むしろ会う度に重ねられていく。ほら、俺の胸元に散る彼女の唇によって、残された赤い痣のように。
どうせ、すぐに消えることは、わかっている。だから、俺に貴女をもっと残してよ。
「ねぇ、私って、渉くんが集中する価値のないオンナなの?」
甘く、茉莉子さんが笑う。
「俺、疎かでした?ごめんなさい」
「ふふ、ベッドで謝るなんて興醒めよ、やめて頂戴。心がここにない感じを受けただけ。被害妄想かな?」
ギラギラと猫というより豹のような好戦的な目で、彼女は俺を笑う。
「そんな気持ちにさせる俺がダメです。ただ、ベッドがふかふか過ぎて、落ち着かない」
「あらぁ?落ち着かないはずのベッドで朝までぐっすり寝てから出勤なさったのはどこの紳士だったかしら」
「アレは…初めてだったから」
「やだ、初めてを奪っちゃったのかしら、私。ふふっ。…そのわりには流れるような所作だったわ」
からかいから一転して、俺の目を真剣に見つめてくる。
「渉くんの思いやりに溢れていて。素敵な時間だったわ、ありがと」
「こちらこそ、です。貴女との初めてがあまりにも濃密だったから、その…俺にとって」
茉莉子さんの人生のパートナーである石附氏が、交通事故に遭い車椅子生活を強いられるようになってしまったこと。知らせを受けたのはまだ夏の日差しも厳しい最中だった。
石附氏の創作四十周年記念パーティーも終わり、次の個展もウチのギャラリーでと流れるように、すべてが順調と思えた。それは不慮の事故により、一瞬で崩された。石附氏がお困りだろう、とギャラリーのオーナーが俺を使いに寄越した。
夏の日差しを背に受け、森のような庭を抜け、アトリエに辿り着いた。
石附氏を敬愛する茉莉子さんは、より激しく彼を求めるようになった、と石附氏は悩ましげに俺に語った。
「燃えさかる炎のような、激しい欲求を自分にぶつけてくるんですよ、茉莉子は。困ったものです」
困った、というわりに、石附氏は満たされた表情だった。
「美しい女の欲情を受け止められぬ、今の己の肉体が恨めしいですよ、僕は。そこで、だ」
なぜ、こんな話を自分にするのだろう?という俺の疑問を見抜いたのか、石附氏の視線が俺を貫いた。
「渉くん、貴方…。茉莉子を抱いてやってもらえませんか」
俺は驚き、言葉が出なかった。
文章
文章がとても美しい
その上で歓楽的。
M さん 2020年11月15日