素直なカラダ

・作

会社員の里英は苦手意識を持っていた後輩の高橋と酒に酔った勢いで一夜を共にした……らしい。まったく記憶にないのだが気まずくて避けて続けていた。そんなある日倉庫の中で高橋と二人きりになる。すぐさま逃げようとする里英だったが高橋が美しい笑みを含んだまま倉庫の鍵を閉めた……。自分を避けるばかりか、あの晩の記憶のない里英に対して高橋は激しく思いをぶつけるのだった。

誰もいないはずだった。

定時を過ぎて残業をしている人間は自分一人になったとばかり思っていた。会社の古びた倉庫へと資料を取りに来たのだが、そこに先客がいた。倉庫のテーブルにもたれ掛かり白いファイルを手にしていたその男の姿を見て思わず息を飲んだ。緊張で喉が張り付いていたが、意外にもすんなりと言葉が出た。里英は声が上擦らないように気を付けた。

「なんだ、高橋くんいたの?っていうか、いつ戻ってたの?」

「今しがたですよ、先輩も調べものですか?」

仕事で外出していたはずの高橋は暑そうにネクタイを緩めて笑った。私の二年後輩にあたるこの男は年下のくせにどこか余裕があって、大人びている。入社当時から苦手だった。今は……とある事情で避けるほどの存在へとグレードが上がった。同じ部屋にいる気まずさから逃げようと里英は本棚のラベリングに目を通すと目当てのファイルを手にして後退りした。

「まぁね、じゃ……お疲れさま──」

「また逃げるんですか?先輩……」

高橋は里英の腕を掴むとあっという間に倉庫のドアの鍵を閉めた。施錠の音がしんと静まり返った部屋に響く。胸騒ぎがした。まるで捕獲されてしまったようだ。目の前の高橋は面倒臭そうにネクタイを外すと溜息を漏らした。

「この前も、一人でさっさとラブホから逃げたでしょう……先輩、あんな熱い夜を過ごした仲でしょう?ヤリ逃げですか?」

「熱いって……その、覚えがないっていうか……置いて帰ったのはゴメン」

何がどうなったのか知らないが、会社の飲み会に参加した里英は気が付くと都内のラブホテルのベッドの上で眠っていた。そして、目の前に高橋の幼い寝顔があった。あろうことか生まれたままの姿で寄り添っていた。状況に困惑し、着の身着のまま逃げたのだった……そして今日に至る。気まずくて避けていることを高橋は怒っているようだ。里英がごまかそうとしているのを感じたのか、壁にじりじりと追い詰める。唇が触れ合いそうな距離で高橋は妖艶に微笑んだ。

「あの夜は、本当に素直で可愛かったのに……何も覚えてないんですね?」

「お願いだから忘れて、なかったことにして」

「無理だ」

高橋は里英の唇にキスをした。激しく喰らうようなキスに里英は呼吸もできない。苦しいはずなのに高橋の息継ぎの音や、自分を一心不乱に求めるその表情に心臓が壊れそうだ。あの晩のことは何一つ覚えていないはずなのに、どうしてだろう……体が高橋を覚えている、そして今もなお激しく求めていることに気付く。燻っていた火があっという間に燃え上がった。

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