草食系後輩は私にだけ狼になる

・作

食品系商社に勤務する伊藤小春は、ニつ年下の後輩久松春(ひさまつはる)の教育係をしている。彼はいわゆる草食系男子で、いつもやる気がなさそう。ガツガツした人がタイプの小春は、いつも社内の色んな肉食系男子に恋をしていた。そんなある日、彼と二人きりで残業をすることになり…

「久松君、これ営業部に渡してきてくれるかな。大切な書類だから、必ず手渡しでお願い」

「はい」

私よりずっと背の高い久松君は、私を見下ろしながらそれだけ言って去っていく。

相変わらず今日も、めんどくさそうな顔をしながら。

私、伊藤小春はさっきの彼、久松春の指導係をしている。ここ総務部は覚えることも多く、締日前なんて特に忙しい。

久松君は私より二つ年下で、仕事のスピードは至って普通。多分、やる気を出せばもっとできる子なんじゃないかと私は思う。

「小春と春なんて、名前似てるねぇ」

「はぁ」

最初のそんな会話で撃沈した私。どうやら彼はそういうタイプらしい。髪も長めで背中も丸まってる。綺麗な目してるし、背も高くて手脚も長いのにもったいない。

でも彼だけじゃなく、最近の若い子ってこんな感じなんだと思う。マイペースというかガツガツしてないというか。いわゆる草食系男子というやつだ。

そんな久松君だけど、決して悪い子ではない。一見やる気はなさそうだけど、私が指導したことを素直に吸収してくれる。

以前彼がミスをしたことがあったんだけど、その時も飄々(ひょうひょう)としていて一見気にしていないように見えた。だけどなんとなく、落ち込んでいる気がしたから。

「久松君、これあげる」

「なんですかこれ」

「ケーキ屋さんのラスク。これ私、大好きなんだ」

「それを何で俺に?」

「久松君いつも甘めのカフェオレ飲んでるから、お菓子も好きかなって」

にっこりと笑いながら言うと、彼は何故か不思議そうな顔をしてジッとラスクを見つめている。

「ありがとうございます、伊藤さん」

「いいよお礼なんて。また何か買ったらあげるね」

「…はい」

確か私はその時初めて、ほんの少しだけど彼が笑った顔を見た気がする。

可愛いなって、思ったっけ。

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