いって (Page 4)

胸にかかる髪の間から、つんと尖った突起が覗く。舐めて欲しそうに顔を覗かせるさまがいじらしいと思うようになった。

猫みたいに腰を撫でられるのが好きで、ぞわぞわするからやめてと言われたことを思い出す。

脚の付根を押すと普段とは違う可愛らしい声が出た。

全身舐(ねぶ)るかのごとく隅々まで目でなぞる。

本当は、胸ももっと大きいほうが好みだった。

本当の、おれの好みは黒髪ショートで、白のノースリーブが似合うような、清楚路線を攻めた辛めの子が好みで、間違ってもレッサーパンダみたいな垂れ目の女じゃなかった。

何もかもが、全く好みじゃなかった。

まあ……尻は、嫌いではなかったけど。

でも、こいつはおれの言うクソくだらない下ネタできゃらきゃら笑うような下品な女だし、それにおれを、下ネタで笑わせようとしてくる色気のかけらもないようなヤツなんだ。

自分のほうが先にイッてんのに、おれに先にイクなとかぬかすし、早漏とまで言ってくる。

いや、早漏じゃねえし。おまえのせいだし。

しかも一緒にイキたいとか、無理だろ。おれたちは別個体の人間で、感性も違うし、感覚も違う。そもそもおれだっておれのタイミングでイキたい。

『ぁ……ッ、ん、イキそうッ…』

おれがあいつを見たタイミングで、あいつもおれに目線を向けた。

目を細めてあいつが唇だけ動かした。『イッて』

ドクッと熱いものが込み上げる。

「ぅ……ッッ、ぁあッ」

手がより一層速く動く。

ペニスを触る手だけ、本当に他人のようだ。

抑え切れなくなった声が、粘り気のある液体とともに溢れ出る。

ちらりと画面を見ると、あいつはカメラごと床に転げていた。

ぎゅっと眉間にシワを寄せる顔がアップで映される。

胸を大きく上下させて、あいつが腕を伸ばす。

『れん、大好き。れんは?ねぇ、蓮は?』

寝転んだまま、紅潮した頬を隠すこともなく無邪気にあいつが問う。落とした拍子にカメラは画質が悪くなったようだ。

『ちゃんと好きって言って。ずっと好きって言って』

画面がガビガビだし、ぼやけているし、よく見えない。

『ふふ、ふ。あたしも大好きだよ、蓮』

「……勝手にいくなよ。おれまだイッてないんですけど」

動画が止まる前に、おれはマウスを操作して巻き戻した。

かすかなノイズの後、動画は再び再生される。

『……お元気ですか?瀬戸朝陽です。これを見てるということは、あたしはもう死んでいることと思います』

ふざけた言辞で動画は始まる。

『蓮は口も悪いし、態度も悪いけど、とっても寂しがり屋でしたね。そんなあなたがさみしくないように、ストリップ始めます!』

いらねえよ。

髪をぐしゃぐしゃに鷲掴んで、机にうなだれる。PCがそのまま押し出され、ローテーブルからカーペットにごとりと落ちた。

いつからか、ずっと目の奥に棘が刺さっている。太くて長い茨の棘だ。

どれだけ流水で流しても取れる兆しがない。

『ふふふ』

呪いのような笑い声が聞こえる。

窓から朝陽が差し込んだ。目が痛くて、瞼を閉じる。

奥が痛くて痛くて仕方がない。

ずっと言いたい言葉がある。例えば不満。哀願、嘆願、罵詈、雑言。こんな言えない言葉が喉で口を塞ぐ。

息ができない。

いきたい、いきたい、いけない。

「おいて、逝かないで」

この痛みは耐えられない。

顔を上げたとき、おれはこのDVDを今度は別の本に挟んで、誰でもいいから電話をかける。

痛みを和らげる一時的な麻酔。

今夜もまたきみと違う女を抱く。

Fin.

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