今日、終電逃しました (Page 2)
ユニットバスにお湯を溜め、肩までどっぷりと浸かる。
まさか、こんな夜更けに莉子がうちに来るとは思わなかった。
湯船に顔を沈めると、浴槽の淵からお湯が溢れた。
ざばっと顔を上げ、乱暴に両手で拭う。
……鼻に水入った。
「あつし……」
浴室のドア越しにか細い声で名前を呼ばれた。
「莉子?なに?着替え?引き出しの中のTシャツとか適当に着ていいけど。ジャージとかも手に取ったやつ着て構わないよ」
「あのね、ちがくて」
「なに?」
浴槽に足を掛け、ドアノブに手を伸ばす。もしも莉子になにかあったとき、すぐ駆け付けられるよう扉に鍵はかけてない。
おれがノブを回すより先に扉が引いた。
「莉子?」
毛布が立っていた。
いや、違うな。毛布を頭から被っていた莉子が立っていた。
「どうした?」
重そうに引きずられていた毛布が、莉子の肩からするりと落ちる。
「やっぱり、あたしも入る」
毛布の下からつるりとした莉子の裸体が現る。ふんわり丸いバストも、なだらかなカーブを描くウエストも、脚の間でひっそりと奥ゆかしくたたずむそれも。全部。
弾かれたようにおれは目を背き、急いで湯船に下半身を沈める。
「なんッ?!へァ……え?莉子サン?よ、酔ってらっしゃいます?」
直視しないよう隅の水アカに視線を移す。アア、カビ生えそう。
「よってる」
「よってたか……」
浴室内に莉子が入って来たのが、なんとなくの気配でわかった。蝶番(ちょうつがい)が軋んで、ドアが閉まる。
シャワーが捻られる。
酔っていても、掛け湯の所作がお手本のようだ。
莉子がこっちを向いたので、おれは慌てて視線を生えかけのカビに戻した。
狭い浴槽が許容限界を訴えるように、お湯を溢す。
カビを睨んでいた僅かな時間。いつのまにか、莉子はおれの腕の中に収まっていた。
「せまい」
なんで入って来た。
ギリギリまで身体を仰け反らせるも、小さいバスタブの中ではあまり意味がない。
鼻面に莉子のうなじが当たる。
なんとも言えない、バニラのような甘い香りがする。
おれはバレないように腰を莉子から遠ざけた。
こちらの気も知らないで、バスタブに掛けていた手に莉子が戯れつく。
お湯の中に引きずりこんでは、手のひらを合わせたり、指を絡めたりして遊んでいる。
好きに遊ばせながら、おれはうろ覚えの般若心経を説いた。心頭滅却を試みるも、風呂の温度が心頭の滅却を阻害した。
人は本当に驚くと声も出ないようだ。
お湯の中に引き込まれて、莉子の遊び相手となっていた両手が、莉子の胸に不貞を働いている。
ふわりと柔らかい。少し力を込めると指が乳房の中に沈んでいく。もちもちと手に吸い付くようで……。
行動に思考が追いつかない。
……え?おれ今触ってる??触っちゃってる??
莉子は何も反応しない。
酔ってるヤツにだめだろ、いや酔ってなくてもだめだろ。いやでもそもそもこの現状を招いたのは莉子の方で……?
前頭葉に霞(かすみ)がかかってきた。風呂の温度が高いからだ。額からじわりと汗が伝う。
それでも胸を揉む手が止まらない。
やめなきゃ。
「……んっ」
……はぁ……っ、やめなきゃ。
莉子の首筋にも汗がにじむ。
肩が震えているのがわかった。
莉子がおれの胸に背中を預けて振り返る。
「まだ、やめないで」
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