窓際のアルストロメリア
受付事務をしている27歳のかよは、いつもマッチングアプリで男を探しては、心の虚無感を体で埋める日々を送っていた。そんな彼女は、花屋の野田に突然ある花をプレゼントされたことが引き金となり、冷え固まった心が溶かされていくのを感じ、彼の手で身も心も溶かされていく。
私はいつものように、アプリの自己紹介の文章に書かれたステータスと、添えられた顔写真に目を通し、今夜の相手を品定めしていた。
コーヒーの立ち込める香りが、目覚ましには心地がよい。
相手にメッセージを返しながらコーヒーを飲み終わると、今日着る服と下着をクローゼットの中から引っ張り出し、袖を通していく。
「いってきます」
誰もいない部屋に、私はそういつも呟いて部屋を出るのだ。
私は一般企業の受付事務スタッフ職をしていて、今年27歳になった。
物心がついた時から、いつも誰かが私を好きになっていたし、求められると、ただそれに応じていた。
自分が、相手を好きなのかどうかと言われると疑念が湧くし、相手は自分の何が好きなのかと考えてみても、体くらいにしか自信が湧かなかった。
そしてその考え方と行動の癖は、呪いのように、私にこびりついたまま今に至っている。
プルルルルル…。
目の前の受話器をあげる。
「はい、受付センター担当、大橋です」
電話口の男性は、陽気な声で下の搬入口に鍵を開けに来てほしいという、いつもの要望を伝えてきた。
彼は毎週木曜日になると、この会社の会長席と、入り口に生ける用の花を納めにやってくる。
名前は、野田圭介。ここから歩いてすぐところにある花屋の店長をしている。
年は自分よりも少し上くらいだろうか、黒い長髪をいつもゴムで結び、陽気でよく笑う男だ。
搬入口にいくと、紺色のエプロンを着た彼が、ひらひらと私に向かって手を振っていた。
「かよちゃんは今日も一段と可愛いね」
そう言って、私から鍵を受け取ると、ガチャリと奥の搬入口エレベーターにそれを差し込んだ。
私は彼の常套句を聞き流し、会釈をすると、一緒にエレベーターに乗りこむ。
ふと、ある花が目についた。
小さな百合のような形をした花で、ベースは白いが、所々に妖艶な黒い斑点がある。
「これは、アルストロメリアという花なんだよ。可愛いのに加えて、切り花の中では、群を抜いて、長持ちする花」
彼は、私の視線に気づいたのか、そう答えると、その花をそのコンテナから取り出して、横にあったペーパーでぐるぐると手際よく巻いた。
「はい、あげる。ずっと持ち歩いていても、へたりにくいからね」
彼はそう言うと、私の目の前にその花を差し出した。
少し甘い、百合のような香りがする。
私は急に気恥ずかしくなって、彼から視線を逸らしながらも、感謝の気持ちを述べた。
彼は微笑むと、搬出口に向かってカートを押していった。
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