俺の上で乱れ咲き誇れ薔薇よ (Page 2)
「驚くのも無理はない。こんな提案、貴方にすべきではないんだ。でもね、茉莉子が望んだことなんですよ」
ごくり。自分の喉が鳴る音が、石附氏のアトリエに響く。そして、思い出す。このアトリエのソファに横たわっていた、扇情的な魅力に溢れた肢体を。
生きる力に満ち溢れた、瑞々しい身体だった。内側から光を放つような。
身体の芯が熱くなる。あの、爆発的な生命力に触れたい、と感じ続けていたことに気づいた羞恥。そして、それを超える欲望とで。
茉莉子さんが石附氏に望んだのは、俺が石附氏の前で彼女を抱くこと、と氏は告げた。そういう経験は夫妻には、皆無らしい。俺には、そんな尋常でない依頼が真実であるとは思えなかった。まずは奥様と二人きりで対面してみたい、と石附氏に俺は要求した。そして、後日その日はやってきた。
「なぜ、俺に?」
俺でなくてもいい仕事ならば俺は受けない。そう決めている。
「目よ。目が綺麗だったから。この池の中で溺れてみたい、乱されたい。そう思ったの」
二人掛け、いや三人は掛けられるであろう、猫足の赤いソファにゆったりとしなだれかかる茉莉子さんの、こちらを試すような口ぶり。裏腹に、目は切実な真剣さに満ちている。彼女は、口紅を取り出す。己に塗りなおそうとするも、手が震えて上手くいかない。
「夫は、私のこと大胆だなんて言うけれど」
茉莉子さんの目から大粒の涙が溢れる。
「本当は、大好きな彼が、こんなことになってしまって。途方に暮れているの」
強く見える女が、小さく肩を震わせている。俺は、たまらない気持ちになり、口紅を彼女の指からそうっと奪う。
そして、俺の唇は彼女の唇を奪う。
涙と、俺の唇が、彼女の吐息を甘く濡らす。
彼女は、こちらが驚くほどにびっくりして目を見開く。そして、ふっと優しい笑みを浮かべながら、大粒の涙を流し続ける。唇から紅い舌が伸び、俺の唇を割って侵入してくる。哀しい目の色とは裏腹な大胆さで。口内で暴れる女の舌。暴れ馬を乗りこなすように、俺は舌で仕留める。
「んっ…ふ…はぁ…」
彼女の哀しい興奮は少し抑制された様子だが、別の興奮が立ち上るのを感じる。絹の白いワンピース越しに、彼女の右胸を左手で包む。呼応するように、茉莉子さんの舌は、俺の口内に熱い吐息を運ぶ。俺は少し笑って、唇を離す。
「食べられちゃうんですか?俺」
「食べないわよ。なくなったら困るじゃないの」
「だって、ものすごく…」
茉莉子さんの目尻に残る甘さを、舌で確かめる。
「飢えている求め方だから」
「イヤだ、私ったら」
「気品溢れる人の、欲望に満ちた様は嬉しいですよ。俺しか、今は貴女を見ていないし」
俺は喉を鳴らして笑う。互いに慣れたように振る舞ってはいるが、お互いの震えに気付いている。
文章
文章がとても美しい
その上で歓楽的。
M さん 2020年11月15日