枯れたヤドリギの下でキスをする (Page 3)
10月31日 ラリマー寮。 絵崎実梅の回想。
聖アイオライト女学院は完全寮制のため、外出もあまり叶わない代わりに、寮生の住むラリマー寮では、季節ごとのイベントが充実している。
わたしたちはもう20歳だが、先生たちはわたしたちにまでお菓子を配ってくれた。
今日は1年で1番楽しい、ハロウィンだ。
「――って、ステキな花言葉よね」
クラスで他の友人たちとお菓子を食べ、笑い合っていると、わたしは教室内に桜子がいないことに気がついた。
「あれ?桜子は?」
「桜子さんなら、先ほど、先生から何やら受け取って、どこかへ行ってしまいましたよ?」
「どこかへ?どこだろう。わかる?」
「うーん。どこかはわかりませんが、方向的にはラリマー寮かしら?」
「部屋に戻ったのかな?ありがとう、ちょっと行ってみる。お菓子少し貰ってくね」
「はーい。あっ、実梅さん。桜子さんに会ったら刺繍の課題の出来を見てもらってもいいか聞いてもらえる?」
「もちろん。伝えておくね」
級友は手を振って、送り出してくれた。
ラリマー寮へ急ぐ。
「桜子?いる?」
部屋の扉はしんと静かだ。ノックをしても返事がない。
「いる?入るよ」
ドアノブに手をかけると、扉はなんの抵抗もなく開いた。
中は薄暗い。
「桜子、いないの?」
電気を付けると、わたしのベッドに桜子が首を垂れて座っていた。慌てて隣に駆け寄る。
「桜子?どうしたの?具合悪い?」
覇気なく桜子が首を振る。
長い間、桜子は黙っていたが、背中をさすり続けていると、意を決したように震えた声でこう呟いた。
「…私、今年の12月で退寮してしまう、みたいなの……」
わたしは驚きで声が出せなかった。
寮生は普通、卒業の3月までは寮にいる。よっぽどの事情がなければ。
わたしが二の句を継げないでいると、桜子はさらに続けた。
「1月、には、私が婚約している方と、同棲が始まるそうなの……私…」
桜子が顔を覆ってうつむく。小さな肩が震えている。
「さっき、先生から、私宛にお手紙が届いてるって、それ、お爺さまからで、それ、その手紙に……!」
その手紙は、わたしが彼女と一緒にいられる期間は、もう1ヶ月ほどしか残されていないことを示していた。
わたしは思わず、桜子の肩を抱きしめた。
桜子は堰が切れたようだった。
「私、イヤよ!イヤ!絶対に嫌。名前も、顔すら知らない人と一緒に住むなんて!ましてや結婚だなんて!そんなのごめんよ!死んだ方がマシだわ」
どいつもこいつも死ねばいい。桜子はわたしの胸の中で吐き捨てた。
叶うことなら、わたしも桜子の婚約者を、お爺さまを、我らが神すらも殺してあげたいと思った。
涙でかき消えそうになりながら、桜子が言う。
「私、本当はいい子じゃないの。物わかりもよくないの。お爺さまも嫌いなの。本当はずっと実梅と一緒にいたかったの」
「桜子、わたしも。わたしこそ、本当はずっと桜子と一緒にいたい」
「本当?」
目にいっぱい涙を溜めながら、桜子が問う。
「本当。そうだ証拠に、義兄弟の契りを交わそう?桜子が言ってたやつ。ほら、桜子。今2人、姓氏異なると言えども、義に結んで兄弟となり、心を合わせ、えー……っ、互いに別の人と結婚しても真心は桜子だけを愛すよ。同年同月同日に生まれること望まざるとも……」
桜子が震えながら、言葉を重ねる。
「願わくば、同年同月同日に死なん」
桜子の大きな瞳から、涙が溢れる。
「でも盃もナイフもないわ……」
「そんなものなくたって、わたしたちは女の子だ。もっとステキな方法があるじゃない」
両手で、桜子の頬を包む。
ゆっくり顔を近づけると、桜子は潤む目を緩やかに閉じた。
優しく唇が重ね合わさる。
どちらともなく相手を求めて、口内で交わった。
舌を絡ませるたびに漏れる桜子の甘い吐息を、口の中で反芻する。
卑怯にも今この瞬間、彼女を独占できると思った。
独占したいと思った。
傷心につけ込むように彼女を貪る。わたしは、なんて浅ましい人間なんだろう。
我らが神は同性同士の同衾をよしとしていない。
— — — — – –
レビューを書く