枯れたヤドリギの下でキスをする (Page 2)
4月某日 図書室で。 絵崎実梅の回想。
「まあ!見て!義兄弟の契り方のスタンダードな例ですって」
隣の桜子が興奮気味にわたしの肩を叩く。
「義兄弟?ああ、中国の?昔授業で少し習ったね。三国志だっけ?桃園の契り」
「そう!それよ。ほら見て。『ギャラリーがいない、印象深い場所で誓いの言葉を交わしながら酒を乾杯したり、このとき中の酒が飛び散るほどぶつけるのがベスト』だそうよ。それから指を切ったり……」
つらつらと桜子が説明を続ける。
桜子とは、聖アイオライト女学院初等部から13年の付き合いで、寮の部屋まで一緒である。
高等部で卒業する人が多い中、わたしと桜子はその上の学年、通称・花の道と呼ばれる、いわゆる花嫁修行の学年まで進学した。
高等部卒業後の16歳から20歳までみっちりとよき妻になれるよう教育される。
お父様のご意向だ。桜子はお爺さまだったかな。
わたしも桜子も7歳から、決められた許婚がおり、20歳の卒業と同時に婚姻を結ぶことが決められている。
名も顔も知らない相手だ。
「ん?待ってちょうだい…。短剣で手のひらを切って大盃に全員の血を絞り入れてから、各自の盃に注がれるパターンもあるわ。どちらかしら」
「手を切るの?痛そう…」
「そうね、痛いのは嫌だわ。でもロマンチックよ。ほら、この誓いの言葉とか。ねえ、もし私たちが契りを交わすなら、実梅がお兄様ね」
手を合わせ、桜子がうっとりと言う。
「わたしが兄?なんで?」
ふふん、と少し得意げに桜子が鼻を鳴らす。
「梅の花は花の兄と言うでしょ?実梅の名前の中には梅が入っているじゃない?だから実梅がお兄様。梅が兄なら、弟は桜に決まってるわ。桜といえば私の名前。ね?」
それで言うなら弟は菊になってしまうが、なんてそんな野暮なことは言わない。
彼女がイエスと言うことすべてが正しいのだ。
得意げに頬を紅潮させる桜子がたまらなく愛おしい。
「ね?お兄様ぁ」
桜子が上目遣いにわたしを見上げる。
今すぐにでも、テディベアのように抱きしめて、撫でくりまわしたい衝動を抑える。
この子は誰にでも懐こく、愛らしく接する。
別段、わたしが特別なわけではない。
「何言ってんの。ほら、卒業制作の資料を探すんでしょう?」
桜子がブーたれて、はーいと返事をする。
とうとうわたしは堪えきれず、桜子の頭をよしよしと撫でた。栗茶の巻毛は天使の羽のように柔らかい。
ずっと撫でていたかったが、わたしはすぐ手を引っ込めた。
目が合うと桜子はにっこりと微笑んでくれた。
桜子が隣でわたしに微笑んでくれる、それだけでわたしはしあわせだった。
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