拝啓 愛しの痴漢様
私とあなたは、月に一度だけの秘密の関係。そうして今日も、私はあなたのものになる。好きに体を蹂躙され、吐き出され。けれどあなたは、私のものじゃない。あなたが私のものになるのはいつ? ねえ。痴漢さん?
午前七時。私はアパートを出た。
大学に入学して以来のルーチンワーク。一人暮らしを始めた当初は寝坊したりもしたけど、二年目にもなるとそれはもうない。
七時半。ホームで待っていると、目当ての電車が来た。乗り口は左側。いつもの車両。
今日まだ、空いてる席がある。けれど私の位置は決まっている。乗り込んだのは先頭車両、一番前のドア。そして立つのは、そのドアの右手側。
七時五十分。乗ってから三駅を通過した。車内は混み始め、空席はもうない。もうすぐだ。胸が高鳴ってくる。
八時。すぐ近くのドアが開き、大勢の乗車客が車内を埋め尽くす。足の踏み場どころか、余計なスペースはどこにもなくなる。誰かに押され、壁に押し付けられる。息が苦しい。
そう思っていると、後ろからすっと人の手が伸びてきた。その手は目の前の壁に押し付けられ、私は壁ドンとかいう態勢をとられる形になる。
けどその手が私の体を守る形になり、少し隙間ができて呼吸がしやすくなった。
ちらりと、壁に押し当てられた左手を見る。使い込んだ感じのアナログ腕時計。シルバーの塗装が少し剥がれている。
間違いない。いつものあの人だ。横目で腕時計の主を確認する。
眼鏡をかけた冴えない感じの、大人しそうな男性。本人に合わせたようにスーツも地味。ネクタイもしっかり締めている。まだ会社の外なんだし、こんなラッシュアワーの中では緩めたほうが楽だと思うんだけど。
けれど、本人の性格なのかな。いつでも身なりを整えていたい? 課長だものね。部下が同じ電車に乗っているかも知れないと思ったら、規範を示さなきゃいけないかな?
思わず笑みが零れると、その人と目が合った。おずおずとした、自信なさげな表情。許可が必要なの?
…今更じゃないかな。私はふっと目をそらし、壁のほうに顔を向ける。
頷かれなければ、何も出来ないわけじゃないでしょ? ねえ。
──葛西慎二さん?
少しだけ間があってから。床からとん、という、何か置いたような軽い衝撃が伝わってきた。
続いて、ファスナーを下ろす小さな音が耳に届く。
さっきのは、葛西さんが自分の足の間に鞄を置いた音。そして自由になった右手で、スラックスのファスナーを下ろしたんだ。
もう一年も聞き続けている。間違えたりなんかしない。
どきどきする。顔が、体が熱くなる。自分の心臓の音がはっきりと聞き取れてしまう。
早く。早く。
早く…して…!
ロングスカートに覆われていた下半身に風を感じた。スカートが捲り上げられているんだ。
見なくてもわかる。確認しなくてもわかる。
そうしてるのが、誰かなんてこと。
その張本人は、スカートの両裾を私のショーツのサイド部分に挟み込んだ。
ショーツが露わになる。だけど人の壁に囲まれているから、誰からもわかるはずがない。
それをした本人、…葛西さん以外には。
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