コスプレ女とカメラ男のちょっとした邂逅

・作

メイクアップアーティストとして働いている陽菜のひそかな楽しみ、それはコスプレだった。かつてはモデルになることを夢見ていた彼女はいくらでも変身ができるコスプレでつかの間の夢をかなえていた。そこに知り合いのカメラマンが通りかかり…

陽菜は専門学校卒業後はメイクアップアーティスト兼美容師として働いていた。小さな頃はモデルに憧れてもいたが、成長するにつれて自分の容姿はせいぜい一般人並みだと自覚し、方向転換した結果だ。

しかしここ数年は不景気からか陽菜の顧客だった水商売のお姉さんなどが減り、暇になりがちだった。

そこで最近流行っていた、アニメのキャラクターに、持ち前のメイク技術を活かして変身してSNSに投稿してみたところ、思いのほか反響があったのだ。

コスプレとなると、ありえない色のウィッグを被っても、派手なカラコンを入れても、テーピングや補正下着を駆使した顔や体型の補正も思うがままで、本来の自分とは全く違う姿になることができる。

陽菜は本来は引っ込み思案な性格をしていたが、自分以外のキャラクターの姿になりきると大胆になれた。いつも蓋をしていた自分の欲望を解放できるような気がしたのだ。

(もっともっと私を見てほしい…)

一度起こった欲求は冷めることなくふつふつと沸き上がり続け、陽菜はとうとう現実でのイベントに参加することを決めたのだった。

*****

イベント当日。

コスプレイヤー達の撮影場所となっているスペースには陽菜に負けず劣らず気合を入れた衣装を着た男女がひしめきあい、さらにそれを撮影する人達が囲んでいた。

陽菜が今日のために新調したコスプレ衣装は、胸元はかがめば谷間が見えるほど襟ぐりが深く、背中も大きく開いており、スカートにはかなり深いスリットが入っている。もちろん、公共のルールに従い厚めのストッキング素材であちこち隠してはいるのだが。

SNSで告知していたため、フォロワーからの声援が多く聞こえてきた。

「hinaちゃんリアルでも可愛い!」

「待ってました!」

その声を聞くたびに陽菜の心は満たされていった。スマートフォンやデジタルカメラを構えられるたびにポーズをキメ、時に投げキッスをしてみせる。盛り上がる観衆。

(もちろん悪くない気分だけど…少し物足りないなぁ)

そうやって数時間が過ぎた頃、ひとしきり撮影も終わり、そろそろ引き上げようかと踵を返したときに戸惑ったような声に話しかけられた。

「さ、斉藤さん…ですよね?」

ぎくりとした。斉藤とは陽菜の名字だ。まさかと思いながら振り返るとそこにはサングラスにシャツ姿のラフな格好ながら、首からは重そうなデジタル一眼レフカメラを下げ、大きなカバンを持った陽菜と同年代、つまり20代半ばほどと思しき男性がいた。

(この人、どこかで見たような…)

名字を知っていたのだから顔見知りなのだろうが、なかなか名前が出てこなかった。

「俺、枢木(くるるぎ)です。Kってフォトスタジオでアシスタントしてます」

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