イケメンクール社長に社外調教いたします
社長専属秘書である野上愛は、クールで切れ者の若手社長・秋瀬の元で目まぐるしい日々を過ごしていた。ストイックで近寄り難い雰囲気を放つ秋瀬は、女子社員からの憧れ的存在であると同時に「厳しすぎて無理」と言われることも多い。そんな秋瀬だが、彼には愛にだけ見せる本当の顔があった。
大卒でこの会社に入社して四年、秘書課に異動になってからはもうすぐ一年。初めはわからないことだらけで戸惑うばかりだったけど、今では社長から指示される二手三手先を読めるくらいにはこの仕事にも慣れた。
「野上」
社長室の隣、壁一枚隔てたその場所からコンコンとドアノック音が聞こえる。この秘書室には社長室から直に繋がっている扉があって、社長に呼ばれる時は大抵がこの扉からだった。
ちなみに社長専属の秘書は私だけ。他にも副社長や専務たちの細かい事務作業やスケジュール管理をしてる秘書はこの秘書室に何人もいるしその人たちが社長の指示を受けることも稀にあるけど、最近ではほぼ私一人でこなしている。
「明後日の出張のことなんだけど」
「はい」
「あそこの会社に行く時にはいつも懇意にしてる宿があるんだけど、きちんとそこ取ってくれてるよな?」
「はい、例年通りあの会社の系列旅館の一番いい部屋を押さえてあります」
私の言葉に、秋瀬社長が少しだけ安堵の溜息を吐く。普段ピシッとしていて隙のない彼のこんな表情は、妙に母性本能をくすぐられる。
「あそこの社長にはお世話になってるから、年に一回の挨拶回りの時くらいは金を落とさないと」
「はい」
「宿を押さえたなら、一言報告があってもよかったんじゃないのか?」
「申し訳ありませんでした」
「もう新人じゃないんだから、しっかりしてくれないと困る」
「以後気をつけます」
スッと冷たい瞳で私を一瞥すると、秋瀬社長はもう用はないと言わんばかりに踵を返して秘書室を出ていった。
「何あれ、自分が伝え忘れたくせにさぁ。野上さんの機転に救われたんじゃんねぇ」
私より三つ年上の秘書課の先輩が私に耳打ちする。
「いえ、報告漏れがあったのは確かなので」
「野上さんって本当真面目で偉いよね。いくら秋瀬社長が若くてイケメンでも、あんなに冷たくて厳しい人の専属なんて私は絶対無理」
「あはは…」
「今までは皆で交代で社長のスケジュール管理とかしてたんだけどさ、よっぽど野上さんのことが気に入ったんだろうね」
「違いますよ、ただ単に私が扱いやすいからだと思います」
「怖いかもしれないけど、嫌なことは嫌だって言った方がいいよ!なんでも言いなりじゃ野上さんがノイローゼになっちゃう」
「はい、ありがとうございます」
笑顔で答えると、先輩はそのまま自分のデスクへと戻っていく。自分が配属されるまでは秘書課なんて女のドロドロが渦巻く場所だと思ってたけど、ここの人たちは皆いい人ばかりだ。
私は社長室に繋がる扉をジッと見つめた。百八十センチを越す身長と、ダークブラックの仕立てのいいスリムスーツ姿がモデルのように様になっている。三十で先代から太鼓判を押されて社長に就任した彼は、三十五の今すっかり周りの支持を獲得してこの会社の経営を円滑なものにしている。
だけどその分、秋瀬社長はストイックで妥協を許さない。特に社員からは冷たくて厳しいと言われていて、とても気軽に近寄って話しかけられる雰囲気ではない。
日本人にしては中性的で綺麗な顔のつくりも、さらにそれを助長している一因なんだろう。
秋瀬社長は、完璧だ。
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